2020年11月3日火曜日

【日経】脱炭素 イノベーションが肝要

 出典: https://www.nikkei.com/article/DGKKZO65766300S0A101C2TCR000/

脱炭素 イノベーションが肝要

2020/11/3付
2343文字
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脱炭素には太陽光など再生可能エネルギーの比率を高めるとともに、新たな技術開発が不可欠だ=ロイター

脱炭素には太陽光など再生可能エネルギーの比率を高めるとともに、新たな技術開発が不可欠だ=ロイター

世界各国の政府が今世紀半ばを見据えて、新しい環境目標を相次いで打ち出している。日本政府は10月26日、温暖化ガスの排出量について、2050年までに実質ゼロにする方針を示した。中国と韓国もこの1カ月ほどの間に、二酸化炭素(CO2)の排出量と吸収量を等しくする「カーボンニュートラル」をそれぞれ60年と50年までに目指すと表明した。3月には、欧州連合(EU)が域内の温暖化ガスの排出を50年までに実質ゼロにすると発表した。英国とフランスは、排出量の削減目標を国内法で定めている。11月3日の米大統領選で民主党候補のバイデン氏が勝てば、米国も同じ道を目指す可能性がある。

目標は達成するよりも設定するほうが簡単だ。今日、世界の産業で使われているエネルギーのうち、化石燃料由来のものが約85%を占める。それをゼロに近づけるには、経済の大転換が必要になる。エネルギーの生成法や使用法を刷新するだけでなく、長期にわたって次々とイノベーションを生み出して鉄鋼やセメントの製造法からビルの設計・管理法などに至るまで改善していく必要がある。

環境イノベーションに取り組む世界各国の企業は成功を華々しく喧伝(けんでん)したがる。気候問題を巡りサステナビリティー(持続可能性)に役立つ技術を持つ企業の株価は急騰している。米電気自動車(EV)大手、テスラの時価総額は3850億ドル(約40兆円)と自動車業界トップになり、2位以下3社の時価総額合計を上回った。テスラと競合する中国の比亜迪(BYD)の時価総額は年初から3倍以上に膨らんだ。太陽光や風力発電など再生可能エネルギー米最大手のネクステラ・エナジーは10月に時価総額で米石油大手エクソンモービルを抜き、米エネルギー業界で首位に立った。ベンチャーキャピタル(VC)の環境技術への投資額はこの4年間で2倍以上に増えた。

しかし、イノベーションへの投資はまだ少なすぎる。環境関連の研究開発(R&D)資金の出し手は主にVC、政府、エネルギー企業の3者だ。この3者がハイテク技術や気候に特化した革新的な企業に投じる資金は年間にして計800億ドルを超える程度だ。ちなみにこの金額は、米アマゾン・ドット・コム1社が投じる年間の研究開発費の2倍強にすぎない。

このように世界で最も差し迫った問題の一つである気候変動に投じられる資金は、世界の研究開発費総額のわずか4%程度だろう。各国政府の投資額は目標を下回る。VC各社が環境関連のスタートアップに投じる資金はVCによる投資総額の約1割どまりだ。今年は新規株式公開(IPO)ブームに沸く中で、資金調達額で上位100社のうち温暖化ガス排出量を削減する製品やサービスを手がける企業は5社だけだった。民間による気候変動対策としてのイノベーションへの投資は、どうひいき目に見ても場当たり的としか言えない。2000年代半ばには環境分野に特化したVCが活況を呈したが、その多くは数年後に破綻した。

では、どうすればいいのか。第一に、政府と民間の取り組みを明確に分けて考えることだ。政府はいくつかの方法で研究開発に関与しなければならない。脱化石燃料は市場だけに任せても実現できないからだ。基礎研究だけでなく、技術の開発や導入においてもまず政府の支援が必要になる。技術開発プロジェクトにはリスクと規模のどちらか、あるいはその両方が大きすぎる案件もあり、民間による投資だけでは支えきれない。

つまり現実的には、原子力発電所の新設やEV充電ステーションの整備、あるいは気候工学(ジオエンジニアリング)といった新技術の本格調査などにかかる費用の一部または全額を政府が負担すべきだ。消費を環境負荷の小さいスタイルに導くには、政府による法整備も必要になる。カーボンプライシング(炭素の価格付け)の導入は必須条件だ。これにより企業ひいては消費者に温暖化ガスの排出量に見合った負担を求めていくことで、投資家がもっと効率よく資金を配分できるように促すことができるだろう。

幸いなことに、各国政府はようやく政策を転換しつつあるようだ。炭素税を導入する国が増え、炭素税の適用対象が近く世界の排出量の2割を超えそうだ。EUの7500億ユーロ(約91兆円)に上る復興基金の一部は、温暖化ガス排出量やその排出による影響削減のための技術の研究開発に投じられるだろう。バイデン氏が3日の大統領選で勝利すれば、向こう4年間で再生可能エネルギーを中心に研究開発に3000億ドルを投じるとしている。米政府が現在そうした環境技術の研究開発に投じている予算は年間70億ドルを下回っている。

とはいえ、民間部門の果たすべき役割も重要だ。投資家や起業家らは、効率的な送電網から燃料電池で動くフォークリフトまで新しいアイデアの商用化にはたけている。株式市場は技術を実用化できる企業に莫大な資金を提供し、迅速な事業拡大を支援できる。これはテスラがたどってきた道筋だ。だが資産運用業界がこれまで売り込んできたグリーン投資は表面的なものにすぎない。通常は気候変動にほとんど関与しない大型株を軸に構成する持続可能性をうたったファンドへの直近の四半期の純資金流入額は、環境分野に特化したVCへの年間投資額の2倍に達した。

企業や大手投資ファンドの間では、環境分野を中心に投資するVCへの注目度が高まっている。だが、格段に豊富な資金を抱える機関投資家も環境分野に投資する機会をとらえなければならない。きたるべきクリーンエネルギーへの転換は、向こう数十年間で最大のビジネスチャンスをもたらす。創業後17年たつテスラ株に資金をつぎ込むよりも、次世代のスーパースターを見つけ出す努力を怠るべきではない。

(10月31日号)

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