2020年5月7日木曜日

システム思考とデザイン思考は車の両輪

出典: https://bizgate.nikkei.co.jp/article-print/article/DGXMZO2843712022032018000000

システム思考とデザイン思考は車の両輪
第12回 白坂成功・慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授に聞く

2018/2/19
白坂成功氏(右)と長島聡氏
 日本型のイノベーション=「和ノベーション」を実現していくには何が必要か。ドイツ系戦略コンサルティングファーム、ローランド・ベルガーの長島聡社長が、圧倒的な熱量を持って未来に挑む担い手たちを紹介していくシリーズ。第12回は慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授の白坂成功氏です。
専門を束ねられる人材を育成
長島 聡氏(ながしま さとし) ローランド・ベルガー代表取締役社長、工学博士。 早稲田大学理工学研究科博士課程修了後、早稲田大学理工学部助手、ローランド・ベルガーに参画。自動車、石油、化学、エネルギー、消費財などの製造業を中心として、グランドストラテジー、事業ロードマップ、チェンジマネジメント、現場のデジタル武装など数多くの プロジェクトを手がける。特に、近年はお客様起点の価値創出に注目して、日本企業の競争力・存在感を高めるための活動に従事。自動車産業、インダストリー4.0/IoTをテーマとした講演・寄稿多数。近著に「AI現場力 和ノベーションで圧倒的に強くなる」「日本型インダストリー4.0」(いずれも日本経済新聞出版社)。

長島 白坂さんとは、経済産業省の「素形材産業を含めた製造基盤技術を活かした「稼ぐ力」研究会」などでご一緒する中で、ご専門のシステムデザイン・マネジメント(SDM)などについて、ぜひ詳しくお聞きしたいと思い、対談をお願いしました。まず、慶應SDMの設立の経緯や研究内容について教えていただけますか。
白坂 大学院というと、普通は専門性を追究する場を想像すると思いますが、慶應SDMは専門を束ねるのが専門と言えるでしょうか。2008年に設立するにあたって企業の意見を聞いたところ、大学院の専門性はもちろん必要だが、社会には1つの専門だけでは解決できない課題もたくさんある、という指摘を受けました。企業は日ごろ、収益面はもちろん、消費者がどう感じるか、社会をどう変えていくか、といったことまで考えながら製品・サービスを開発しています。そういった複数の専門を束ねる専門性を体系化し、研究をおこなったり、そういったことができる人材を育成するためにつくられたのが慶應SDMとなります。
長島 当然、社会人の方も多いわけですよね。
白坂 現在、専任教員が12人、修士課程の定員が1学年77人、博士課程が全部で30~40人くらいですから、総勢200人くらいの組織です。学生のうち、社会人が7割、学部卒業の新卒学生が3割といったところです。
長島 どんな業種の企業の方が多いのですか。
白坂 バラバラですね。大手のコンサルタントや金融関係の人もいれば、ベンチャー企業の経営者、さらには吉本興業の人までいます。
長島 ええっ?吉本ですか。
白坂 はい。現役のお医者さんや大学の教授もいます。今までにない研究領域ですので、私たちも学生たちと一緒に「新しい学問」を作っている感じです。実際、経験を積んでこられた社会人の方々から学ぶことはとても多い。業界横断的に使える知恵やノウハウは、どんどん授業に反映しています。
長島 学生の方々が身に付けたいものは何でしょう。スピード感? それとも大志?
白坂 それもバラバラですね。最近多いのは、変化への対応力でしょうか。世の中の変化はどんどん速くなっていますから、それに追随できる組織、人材を作りたいという人は増えています。ただ、本当に色々な問題意識を持った人が集まっていますので、私たちが教えるのは基本的に知識ではなく、思考法になります。
長島 あらゆることが学ぶテーマになりそうですね。でも例えば、非常に精巧なシステムと、人の感情に関わることってすごく開きがあると思うんですが。
系統的に考えるとはどういうことか
白坂 成功氏(しらさか せいこう) 慶應大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科教授。 東京大学大学院 工学系研究科宇宙工学専攻 修士課程修了。三菱電機にて宇宙開発に従事。技術試験衛星、宇宙ステーション補給機(HTV)などの開発に参加。特にHTVの開発では初期設計から初号機ミッション完了まで携わる。途中1年8カ月間、欧州の人工衛星開発メーカーに駐在し、欧州宇宙機関(ESA)向けの開発に参加。HTV「こうのとり」開発では多くの賞を受賞。2004年度より慶應義塾大学にてシステムエンジニアリングの教鞭をとり、2011年度より現職。

白坂 両方とも考えないといけません。人の側面は非常に重要ですね。研究の半分くらいは心理学が関わるほどです。
長島 なるほど。混沌というか、とても複雑なことを研究しているわけですね。
白坂 その中でも私の研究室は特殊かもしれません。ドメインフリーという言い方をするのですが、どんな業種、分野にも通用する方法論を探る研究をしています。「そんなものあるの」と思うかもしれませんが、長年やっていると、キーになるものは見えてきます。私たちの中では汎用的に使える方法論とは何か、といった体系が見えかけています。
長島 それがシステム思考とか、デザイン思考につながるのだと思いますが、まずシステム思考とはどういうものでしょう。
白坂 すごく単純に言いますと、物事をいかに俯瞰(ふかん)的に見るか、系統的に考えるか、ということです。抽象度を高めていく考え方とも言えます。
長島 俯瞰的というのは比較的わかりやすいですが、系統的とはどういうことですか。
白坂 ごく簡単に言うと、系統とは分けることです。全体のままでは見えないものがあるので、いろんな観点から見る。多視点から捉えるのです。ただ、分けると関係性を見失い、システムとしての特性が失われる恐れもあります。分けながら、関係性も配慮する必要があります。システムは一面からでは捉えられない。いろんな角度から見て、最後は統合しなければいけない。例えば、家には意匠デザインや居心地、水回り、電気、資金繰りといった様々な観点があります。それぞれに突き詰めていきながら、全体を1つの家として捉える。これが系統的に考えるということです。
長島 その捉え方は何にでも応用できますね。もう1つのデザイン思考とは何でしょう。
白坂 デザイン思考という言葉は米国のスタンフォード大学と、デザインコンサルタント会社IDEO(アイディオ)が広めたと言われます。IDEOのCEOであるティム・ブラウンはデザイン思考の根幹とは「人間中心の問題解決アプローチ」であると指摘しています。具体的には、ユーザー起点で考える、対話を重視する、繰り返し試してみる、といった考え方です。
 ただ、現実の企業活動では、人間中心的な考え方を活用するフェーズと、分析的な考え方を活用するフェーズがあります。プロトタイプを作って試すこともあれば、本当にビジネスとして成立するのか精緻に分析する過程も必要です。つまり、デザイン思考とシステム思考は車の両輪であり、どちらか片方では進みません。両方を使える能力が求められます。
長島 2つの思考を融合する必要があるわけですね。
白坂 はい。モノでもサービスでもいいのですが、新しい価値を作るという目標に向かって、どういう「思考プロセス」を踏んでいけばよいかは、基本的にシステム思考を使って考えていきます。具体的にそのプロセスを実施する時には、システム思考のアプローチが適切な時と、デザイン思考のアプローチを使う方がよい時があります。私たちが「"システム×デザイン"思考」と呼んでいるのは、このように2つの思考を組み合わせてゴールまでの思考の流れを設計することが大事だと考えているからです。
 2つの思考を融合させる2つ目のポイントは、デザイン思考のコラボレイティブ(協働)の側面を生かすことです。1人の思考には限界がありますから、多様な人たちとの議論を通じた相互作用から新たな発想を生み出す。その際、自分の考えを相手に伝えるためには、思考のエッセンスを抽出する必要があります。例えば、「黄色い車が走っている」というと、黄色が大事なのか、車が大事なのか、走っていることが大事なのかがわからない。黄色であることに意味があるなら、それだけを抜き出さないと伝わりません。そこで初めて、抽象的な言葉のやり取りが、具体的な議論に発展するわけです。
長島 要は、システム思考で問題を解くと決めたとき、より速くゴールにたどり着くためにデザイン思考を使うということでしょうか。
白坂 ゼロから1を生み出すには多様性があった方がいいので、デザイン思考を取り入れますが、その協働作業がうまくワークするためには、システム思考が必要なこともあります。つまり、2つの思考は「入れ子構造」になっていて、どこからがシステムで、どこからがデザインか、という話ではないんですね。その辺りの加減が少しずつわかってきたということです。

誰も全体を見ていないシステム
長島 デザイン思考でみんなが気持ちいい状態を具体的に描いておくと、システム思考で目指すべき目標が明確になり、ベクトルがそろって進みやすくなりますね。
白坂 思考の過程が可視化されることはとても大事です。もし、方向性が間違えていたとき、どこまで戻ればいいか、すぐわかるからです。思考のトレーサビリティーを残すと言ってもいいかもしれません。エクスペリメンタル(実験的な)はデザイン思考の重要な要素の1つです。こういった工夫がより効率的なデザイン思考の実践を実現します。
長島 だいぶ分かってきました。システム思考について、さらに理解を深めるために、システム・オブ・システムズやアーキテクチャーといったキーワードについても教えていただけますか。
白坂 もともとシステムは、それを構成するサブシステムが相互に作用して1つとなっているものをいいます。そのサブシステムも、さらにいくつかのサブシステムからなるシステムと捉える事ができます。この関係をビルディングブロックと呼びます。つまり、システムとシステムを足すとシステムになる、という概念は昔からありました。
 ですから、システム・オブ・システムズという言葉が登場した1980年代には、どこが新しい概念なのか、という論争が起きました。その論争に決着を付けたと言われるのが、エアロスペース・コーポレーションという米コンサルタント会社のマーク・メイヤー副社長が1998年に発表した論文です。
長島 それはどういう内容だったのでしょう。
白坂 簡単に言うと、今までのシステムは誰かが全体を管理していたのに対し、システム・オブ・システムズは誰も全体を見ていない、管理していないものをいいます。従って安全性のようなシステム全体で捉える特性が保証されていないシステムになってしまいます。そして、その時に重要になってくるのが、何と何がどうつながっているのかを表すアーキテクチャーという概念です
 もう1つ、現代はAI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)、VR(仮想現実)など、新しい技術が次々に登場しています。これらの技術は単独よりも、組み合わせることで劇的な価値を生み出します。その組み合わせもアーキテクチャーの領域となります。
長島 確かに、昔はなんとなく関係性が見えていたものが、最近は規模が広がりすぎて見えなくなっていますよね。
白坂 家電などの身近な機器でも、メーカーが想定もしないような使い方をユーザーがするようになっています。ユーザー・サイド・インテグレーションといって、これもシステム・オブ・システムズの1つと言えます。
長島 システム・オブ・システムズはなんとなくわかりましたが、アーキテクチャーの概念は難しいですね。

変化に対応しやすい「割り当て」が重要に
白坂 システムの構成要素と要素の関係性というのが、最もシンプルな定義でしょうか。ただ、目に見えるハードはわかりやすいですが、ソフトはわかりにくい。さらに、現在、過去、未来という時間の要素も入ってきます。機能と物理的な構造の関係性もアーキテクチャーと言えます。企業でいうと、どの役割をどの部署、どの社員に割り当てるか、ということです。
長島 今おっしゃった要素間の関係と、割り当てという表現は似ているようで違うような気がしますが。
白坂 細かく言うと、「割り当て」はどの機能をどのハード、ソフトに持たせるかを決める時に使い、「関係性」は割り付けられた状態を指すことが多いですね。最近よく言われるのは、変化に対応しやすい製品や組織を作るために割り当てが大事になっているということです。
 例えば、自動運転車で前の車との距離を測る機能をどの装置に割り当てるか。今はカメラかもしれませんが、将来的にはレーダーやライダー(レーザー光を使うレーダー)になるでしょう。そのとき、機能と装置(物理)とを意識的に分離して考えておけば、技術が進化してレーダーやライダーを使うことになっても、機能的には変更がないので変更しやすい。
長島 可変な状態にしておくことが大事というわけですね。関連して、レファレンス・アーキテクチャーという概念もあります。レファレンスは参照とか照合という意味ですが、IT用語では、システムなどの標準的な構成とか典型的な使用法のことを指します。これを使うと確かに効率性は上がるけど、つまんないなという気もするんですね。もっと言うと、おまえらはモノを考えるな、と言っているようにも取れる(笑)。
白坂 おっしゃる通り、レファレンスを使うと、その範囲での自由度しかなくなります。ただ、システム・オブ・システムズの場合、誰も管理する人がいないため、やろうと思えば何でもできる状態とも言えます。そこで、少し目安のようなものが必要ということかなと思っています。
長島 IoTやインダストリー4.0というのは、今までとは比較にならないくらい広い概念ですから、ガイドがないと初動がうまくいかないということですかね。物事を進めていく上での1つのアプローチと言えるかもしれません。
白坂 スタンフォード大学の研究機関であるSRIインターナショナルは、もっとイノベーティブなアプローチをしています。個々のシステムの中に安全を立証するロジックを持たせておいて、システム同士をつなごうとする瞬間に自動的に安全性を立証する仕組みです。もしダメならつなげない。まだ完成していませんが、考え方は進んでいますね。
長島 1つ疑問に思ったのは、システムを構成する要素のうち、何をバラバラで持っておいて、何を組み合わせて持っておくべきか。これも1つのアーキテクチャーだと思いますが、その辺りを考えるための拠り所みたいなものってありますか。
白坂 決まった法則はないと思います。例えば、昔は何か作ろうとすると部品を買って来なければなりませんでしたが、3Dプリンターが登場して部品を自分で作れるようになりました。要素の最小単位が部品から素材に変わったわけです。つまり、アーキテクチャーを考える自由度が高まった。要はディシジョン(意思決定)の問題です。

知識に頼らずに思考する大切さ
長島 自分が何をやりたいか、どんな価値を生み出したいか、それによって要素をどのような形で持つかが変わるということですね。今、自動車メーカーは提供する価値をモビリティー、つまり移動そのものだと言っています。車という製品だけでなく、道路環境も含めて価値を提供する。だから研究開発の対象は飛躍的に増えています。
白坂 最近の言葉でいうと「アズ・ア・サービス(as a service)」、製品機能のサービス化ですね。例えば、ブリヂストンならタイヤ・アズ・ア・サービス。タイヤを売り切って終わりでなく、メンテナンスまで含めたサービスとして提供しています。収益を最大化するにはどのような売り方がいいのか、あるいは逆に、どこまで調達し、どこから自前で持つべきか。その設計、デザインが大事になっています。
長島 慶應SDMはそうした人材を育てているわけですね。ただ、自在に系の大きさを変えながら、儲かる儲からないを判断できる人材はなかなかいないんじゃないですか。
白坂 そうですね。抽象度をコントロールすることでさえ難しいのに、さらにコントロールした先にデザインもできないといけない。しかも技術、ビジネスもわかっている。だから1人でなく、いろんな人との協働作業が必要なわけです。ただ、抽象度をコントロールできる能力がないと、これからの時代に活躍することは難しくなるでしょうね。
長島 先ほど、共同作業で必要なコミュニケーション能力として、思考のエッセンスを抽出するというお話がありました。最近、早稲田大学ラグビー部の元監督だった中竹竜二さんにお会いする機会があり、「わかる」と「できる」は違うというお話をされていて、まさにその通りだなと思ったんですね。「わかる」にもいろんな定義がある。私の中では、「妄想力」をフル活用して、現場で働く作業員、マネジャー、アルバイトなど、あらゆる人たちの動きをイメージできることが「わかる」ということですね。
白坂 長島さんは実際に現場を見ているから言えるのだと思います。知識だけではダメで、やはりビジネスの経験を豊富に持っていることは強みですね。一方で、1を見れば10がわかる、本質をつかむ能力も重要です。つかめる人とつかめない人がいる。いったん本質をつかめると抽象度が上がり、抽象度が上がれば適用先が広がります。
長島 知識に頼らずに思考するということが大事ですね。最新の知見とか、ベンチマークを知っているだけでは通用しない。本質をつかむコツってありますか。
白坂 うまくいった事例について、何が奏功したのか因果関係を分析する訓練というのは大事ですね。私の専門の人工衛星でよく知られているエピソードがあります。人工衛星から撮影した画像の精度は年々高まっていますが、では何を撮影してどう解析するかというのが、最大の課題になっています。要はいかに使ってもらうか。その画像の活用例として反響を呼んだのが、米国のオービタル・インサイトというベンチャー企業です。
 彼らは世界中の石油備蓄タンクの写真を撮り、その画像から石油の備蓄量を推測する手法を開発しました。カギはタンクの蓋です。内部の石油の増減によって蓋が上下に動くので、その蓋の影の変化を解析したのです。備蓄量がわかれば、石油の需要がわかり、どこからどこへ石油が輸送されるかも推測できる。石油会社や輸送会社、商品市場の投資会社にとって非常に有益な情報源となったわけです。今まで、人工衛星の画像をこんな用途に使うことは誰も思い付きませんでした。
長島 へえー、面白いですね。

シーズとニーズは遠いほど面白い
白坂 この事例について、私の研究室の学生が調べたのですが、ポイントは情報の連鎖だということがわかりました。タンクの蓋の写真だけなら欲しがる人はいません。蓋の影の形から蓋の上下の動きがわかり、そこから石油の量がわかり、石油の需要がわかり......という具合です。そこからわかったのは、シーズとニーズがすごく遠いこと、そして、その間のステップが多ければ多いほど、今までにない価値が生まれやすくなるということでした。
長島 なるほど。遠距離発想法とでも言うべきものですね。
白坂 これはIoTのセンサーで捉えたビッグデータにも応用できます。データを使う用途を考えるとき、意図的に距離を置いてみると、他の人が気付かない用途が見つかりやすくなるかもしれません。もちろん、最終的には技術を持つシーズ側と課題を持つニーズ側の双方の声を聞いてマッチングするという作業が必要です。
長島 技術側と課題側とどちらからアプローチすべきですか。
白坂 聞かれると思いました(笑)。両方の場合があります。シーズとニーズの距離が近ければ、お互いに話すだけでマッチングできる可能性は高いのですが、距離が遠いと相手の言いたいことがパッとわからないところが問題ですね。
長島 「業際」という言葉がありますが、業界の枠を超えること自体に意味はないと思います。枠を超えることで生まれる価値にこそ意味がある。相手の話を聞いて、「それ使えるじゃん」とか「こうすればもっと面白いよ」とか思い付くかどうか。何かヒントはありますか。
白坂 私たちの授業では今までと違うことを考えていくための方法を教えていますが、考えつくこと、そこから選び取ること、それを説明すること、これらはすべて違う能力です。ブレーンストーミングでアイデアはいっぱい出せるが、その中から良いアイデアを選べない。これは私の仮説ですが、今の若い人は優等生が多いから、誰もが「それいいね」「大事だよね」と言いそうなものを選んでしまうのではないでしょうか。
長島 そういうものって世の中にあふれているんですよね。
白坂 そのとおりです。そこで慶應SDMでは、2週間に1つ、身の回りでいいなと思った製品やサービスを選び、100字以内で理由を説明するという課題を課しています。すると面白さの感度がだんだん上がってくるんですね。半年くらいやるとモノの見方が変わります。でも、それを説明するとなると、これが難しい(笑)。
長島 私もその傾向があります(笑)。だから先ほどの可視化の訓練が必要なわけですね。それと、今の「それいいね」のお話の根っこには安心感があるような気がします。全く違うものより、ちょっとだけ新しい方が受け入れられやすい。でも、それだと変化が小さい。誰もがいいと思えるものとイノベーションを両立するにはどうすればいいでしょう。

社会に受け入れられるためのデザイン
白坂 確かに安心はキーワードですね。日本は新しいことに信頼感を持ちにくい国だと思います。それを解くカギはやはりデザインでしょうか。社会受容性はデザイン可能です。最終形だけでなく、過程のデザインも大事です。すでに社会に受容されているものを進化させるなど流れをデザインすると受容されやすい。
 私たちの研究室でも信頼感や共感、感動、欲求といった人間の感じ方のデザインを研究しています。例えば、「信頼感のトランスファー」と呼んでいますが、どうやってテクノロジーの信頼感をトランスファーするかをデザインする。もともと日本人は他人に思いをはせることを大切にしてきました。感覚的にやってきたことを体系化するわけですね。それが日本の強みにもなるし、社会のためにもなると思っています。
長島 どの会社もイノベーションをたくさん生み出したいと考えているわけですが、そのエッセンスみたいなものを使いやすい形で流通させることはできるでしょうか。
白坂 まず誰もが理解できるようにするには、具体的な事例とセットである必要があります。理解は具体でやる。でも流通させるには抽象でないと広がらない。それが実現できたら世界は変わりますよ(笑)。
長島 最後に、AIに割り付けたい機能は何でしょう。
白坂 うーん、難しいですね。実は私は学士論文と修士論文はAIなんです。当時、ディープラーニングはまだなかったのですが、登場してきたときは愕然としました。昔はパラメーターは自分で選ぶと思っていましたが、今は自分でそこまで学ぶんだ、と。ただ、ディープラーニングも、なぜそう考えたかの説明はまだできていません。ですから失敗しないという保証はできない。だから宇宙にも持って行けませんでした。保証ができるようになれば、格段に用途が広がるでしょうね。
長島 私はAIが使える用途として、(1)人が1つ1つ考えていること、(2)ルールとして定めて考えないことに決めていること、(3)人が気付かずに放置されていること、(4)無理だからとあきらめていること、の4つかなと思っています。特にホワイトスペース(白地)は(2)~(4)で、ルールに捕われてことや、こんなデータ無いよな、とか、考えるの面倒だな、と放っておかれていることをAIにやらせると面白そうですよね。要は、人間が考えてこなかったことのシャッフルが起きるんじゃないかと思うのです。
白坂 私たちの授業でも、今まで常識だと思われてきたこと、当たり前と思ってきたことを疑えと教えています。暗黙のルールや勝手に決めつけていることはたくさんあります。それらをことごとくひっくり返すものが、これから出てくるだろうと思います。
長島 面白い世の中になりそうですね。今日はいろいろと教えていただき、大変勉強になりました。ありがとうございました。



0 件のコメント:

コメントを投稿

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。