2020年5月6日水曜日

システム思考入門

出典: https://www.change-agent.jp/systemsthinking/column.html

システム思考入門



(1)「システム思考とは何か、システムとは何か」

変化がどのようにしておこるのか・・私たちは、どれだけ理解できているだろうか?
システム思考とは何でしょうか? そもそもシステムとは?
ぐるっと身の回りを見渡してみて下さい。あちらを見てもこちらを見ても「変化」にあふれていると思いませんか? 
刻一刻と変わる市場の価格の動きから職場でのできごと・人間関係、流行の商品や顧客の嗜好、競合や取引先の動向、あるいはもっと長いスパンで変わる人や組織の成長、身近な地域や自然から国際関係、地球環境まで、常に変化が私たちの生活や仕事を取り巻いています。そして、私たちは家庭や職場、地域社会、ひいては国際社会の中でさまざまな変化を予測したり、対応したり、あるいは創り出そうとしています。
しかし、こういった変化がどのように起こるのか、そしてより重要なこととして、どのようにしたら変化を引き起せるか、について、私たちはどのくらい正確に理解しているでしょうか? 実は十分に理解できていない場合がほとんどなのではないでしょうか。

今日の問題は、昨日の解決策から
問題が目の前にあるとき、私たちはその問題を解決し、望ましい状態にしようと、物事や状況を変えよう、変化を起こそうとします。ところが、みなさんもご存じのとおり、そう考えて実行する問題解決方法がうまくいくとは限らないのです。
売上を上げようと販売促進キャンペーンをしても、終わったとたんに売上が元に戻ってしまったり、ひどいときには逆に落ち込んでしまう。従業員の動機付けに取り組んでも、思ったような効果が出なかったり、効果が長続きしない。道路の渋滞を解決しようと道路の車線数を増やしたら、かえって渋滞が増えてしまった......。
みなさんの身の回りにも思い当たることがあるのではないでしょうか? よかれと思って変化を起こしても、問題を解決するどころか、問題を悪化させてしまうことすらあるのです。
とりわけ分業が進み、多くの要素が複雑に絡み合っている現代社会では、思ってもいなかったことや予想や予測からは考えられないことが起こります。それは、いま目の前で起きている問題の原因は、私たちの目の前にあるとは限らないからです。しかも皮肉なことに、今日の問題の多くは、昨日の解決策から生じているのです。

変化を理解し、望ましい変化を自ら引き起こすために必要な「システム思考」
では、どのようにすれば変化を理解し、適切に対応することができるのでしょうか。そして、望ましい変化を自ら引き起こすことができるのでしょうか。
一口で「変化」と言っても、さまざまな分野で、多種多様な変化が、いろいろなレベルで起こります。しかし、ごく身の回りの変化でも、国際社会の変化であっても、「変化を引き起こす構造」や「変化のプロセス」には共通するパターンを見出すことができます
この変化の構造とプロセスに着目し、変化のダイナミクスを理解することによって、本質的な解決策を見出そうとするとき、重要な役割を果たすのが「システム思考」なのです。物事を見えている部分だけではなく、システムとして全体的にとらえて、要素間の相互作用に着目するアプローチです。

「システム」とは?
さて、ここでいう「システム」とは、何を指しているのでしょうか。「システム」は頻繁に、しかもさまざまな意味で使われる言葉ですので、システム思考で使う場合の定義をしましょう。
システム思考におけるシステムとは、「多くの要素がモノ、エネルギー、情報の流れでつながり、相互に作用しあい、全体として特性を有する集合体」のことです。単に構成要素が存在するだけではシステムとはいいません。システムの構成要素は互いにつながっている必要があります。河原の石のように、たくさんあるけれども、ひとつ取り除いても何も変わらない場合は「システム」とはいわないのです。

システムの特徴
では、どのようなものが「システム」なのでしょうか。
例えば自動車がそうです。自動車は、エンジンやハンドル、タイヤ、車体など多くの構成要素から成り立っています。そして、エンジンで生じた動力はトランスミッションを経由してタイヤへと伝わり、自動車を動かします。ハンドルの動きは前輪に伝達されて、進む方向を決めます。このように「構成要素がつながっている」ことがシステムの重要な特徴なのです。
また、自動車が動いている間、窓やダッシュボードのメーターなどを通じて、さまざまな情報が得られます。そして、これらの情報をもとに、ハンドルやアクセル、ブレーキを制御します。制御した結果がふたたび情報として戻ってきます。このように「構成要素の間に相互作用がある」ことがシステムの特徴です。
そして、もう一つの特徴は「システムには全体としての特性や目的がある」ことです。自動車の目的は、現在地から行きたい地点まで移動することです。自動車とは、この目的をさまざまな機能を有する構成要素の相互作用を通じて達成しようとするシステムなのです。

身の周りの「システム」
システムは、小さいものでは、生物の細胞レベルから、心臓やエンジンなどの器官レベル、ヒトや自動車などの個体レベルやその集合体としてのレベル、そしてより大きくは地球環境のレベルまで、実にさまざまな規模で存在します。
また、システムは物理的なものばかりではありません。家族や会社、コミュニティ、市場、国家など、社会をなしている組織や機関、そしてその社会そのものもシステムです。経済のしくみもシステムです。いずれも、多くの構成要素が互いに相互に影響を与えながら、全体としての目的を達成する営みをおこなっているからです。
システム思考は、このようにさまざまなシステムを対象に、変化の構造やプロセスに着目し、効果的な変化を起こすための考え方、アプローチやツールを提供してくれます。この連載シリーズでは、その考え方やツールを紹介していきます。


(2)「システム・ダイナミクスとは何か、システム思考との違いは?」

システム・ダイナミクスとは?
ローマクラブは1970年代初頭、私たちの経済活動と地球環境が将来どのようなシナリオをとりうるかについて、マサチューセッツ工科大学(MIT)の若い研究者グループに研究を委託しました。スーパー・コンピューターでシミュレーションを行ったその結果は、1972年に『成長の限界』という書籍で発表され、「21世紀中には人口と経済の成長が地球の限界を超えるため、ただちに手を打って崩壊を回避しなくてはならない」というその衝撃的な内容は世界中で大変な反響を呼びました。このときのコンピューター・シミュレーションに用いられたのが「システム・ダイナミクス」という手法です。
システム・ダイナミクスは、経済や社会、自然環境などの複雑なフィードバックをもつシステムを解析し、望ましい変化を創り出すための方法論です。フィードバックとは、XからYへといった因果関係がめぐりめぐってもとのXに影響を与えることをいいます。生物や物理などの自然科学の分野はもちろん、経済、社会などの社会科学の分野にも広く見られる構造です。
例えば経済では、価格が変化すると供給や需要の量も変化し、量の変化が今度は価格に影響を与えるというフィードバックが存在します。また、子育てでも子供の行動に対する親の反応のしかたがその後の子供の行動に影響を与えるフィードバック構造があります。家庭でも、職場でも、市場でも、国際社会でも、多くの要素がつながりを持つシステムではほぼすべての場合にフィードバック構造が介在しています。
システム・ダイナミクスは、物事をシステムとしての全体像でとらえ、要素間のフィードバック構造をモデル化し、問題の原因解析や解決策を探るためにシミュレーションを行うことで、実社会に存在するさまざまな問題の効果的な解決を図るアプローチです。

システム思考とシステム・ダイナミクスの違い
では、前回「物事をシステムとしての全体像でとらえ、要素間の相互作用に着目するアプローチ」と紹介したシステム思考と、システム・ダイナミクスとは何が違うのでしょうか?
簡単にいうと、システム・ダイナミクスのうちコンピューターを使用する複雑な数学の部分を省いた手法がシステム思考です。システム思考では、もっとも基礎となるプロセスのみを活用しますが、システム・ダイナミクスでは、問題の構造を正しく把握しているか、検討する解決策がどのような成果を出しうるかなどを確認するために、コンピューター・モデリングを用います。
これは多くの変数間の複雑な相互作用による結果を「計算する」ことは複雑すぎて、普通の人間の能力を超えてしまうためです。冒頭紹介した『成長の限界』で使われているシミュレーションの「ワールド3モデル」はその一例です。人口、経済、食料、技術、環境などの要因の相互作用について、気が遠くなるほど計算を繰り返して将来のシナリオが描かれているのです。

システム思考の役割
コンピューターを使ってのモデリングをおこなわないシステム思考では、正確な意味でのシミュレーションはできませんが、社会における問題の構造の理解や解決策の指針を与えるという意味では、十分に大きな役割を果たすことができます。数字やシミュレーションがなくても、フィードバック構造の型やその組み合わせがわかれば、一般的な解決へのアプローチに共通するものがわかるからです。
例えば、家族や友達と口論になるとき、企業同士で過度の価格競争に陥るとき、あるいは国家間の軍拡競争が起こるときにも、実は同じフィードバック構造が働いています。このような構造のパターンが認識できるようになれば、その構造を変えようとするときに概念的には共通するアプローチを用いることができます。

子供から大人まで、だれにでも使えるシステム思考
また、システム思考ならではのメリットもあります。システム・ダイナミクスを使いこなすには数学モデルの構築やコンピューター・ソフトウェアの習熟が必要であり、誰にでも使えるというわけにはいきません。しかし、システム思考なら、子供から大人までだれでもその考え方や手法を習得することができます。米国などでは実際に子ども向けにシステム思考を教える授業をおこなっている教師がたくさんいます。
組織や社会のなかで起こっている問題には、さまざまな人が関わっています。分野や背景の異なる人々といっしょに問題を理解し、解決していくには、システム思考のシンプルでわかりやすいツールがとても役に立ちます。

このMLでは、システム・ダイナミクスの理論に基づきながら、誰にでも普通に使いこなせるツールとしてのシステム思考を紹介していきます。


(3) 「システム思考とシステム・ダイナミクスの歴史」

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(background photo by Kevin Dooley)

システムの全体像を見る:部分と部分の相互影響、部分と全体の関係性
日本には、「風が吹けば桶屋が儲かる」、「因果応報」など、目の前のことだけでなく物事のつながりを考える習慣が古くからあります。日本だけではありません。物事の全体像をとらえ、つながりに着目するシステム思考に通ずる考えは、古代ギリシャや中国をはじめ、古今東西いたるところに見られます。
しかし、実践的な学問としてのシステム思考が発達してきたのは、意外と最近のことです。1930年代、ルードヴィヒ・フォン・ベルタランフィは、自然界にある細胞、生物個体、集団、生態系などのさまざまなレベルのシステムには普遍的な原理があり、それらの原理はあらゆるフィールドに適用できるとする「一般システム理論」を提唱しました。
その原理のひとつが、「部分は全体の目的の中での機能を担い、他の部分と相互に影響しあうこと」でした。そこから「システムの全体像を見ることが重要である」という考え方が、当初は生物学や工学の分野で発展します。1948年にはノーバート・ウィーナーが、自然界のシステムの一般的な原理が、経済の市場メカニズムや、政治での意思決定、人間の心理にも働いており、社会科学の分野でもシステムに関する知識や経験を応用できると提唱しました。

「システム・ダイナミクス」という学問の誕生
1956年、システム理論をすでに工学分野で応用していたMITは、産業界への応用を図ります。1961年、ジェイ・フォレスターは『インダストリアル・ダイナミクス』を出版し、ビジネスでなぜ在庫が変動するかなど、コンピューター・シミュレーションでサプライ・チェーンのシステム構造を分析しました。こうして、システム理論を社会や経済の問題に応用する枠組みを築き、システム・ダイナミクスという新しい学問分野を開拓したのです。
また1969年にはフォレスターは、都市開発にシステム理論を応用した『アーバン・ダイナミクス』を発表しました。1972年には、フォレスターに師事するデニス・メドウズ、ドネラ・メドウズらが、ローマクラブの委託研究の成果として、地球規模での生態系と経済などの関係をシミュレーションした『成長の限界』を発表します。こうしてシステム・ダイナミクスは経済、社会、環境などにも応用分野を広げていきます。
その後、システム・ダイナミクスは、MITから派生して、米ダートマス大、英ロンドン・ビジネス・スクールなど世界各地の大学で教えられるようになりました。また、このころからシステム・ダイナミクスの基礎となるシステム思考が、小学校5年生から大学生まで幅広く教えられるようになります。

シミュレーションソフト、学習ツールの開発、バラトン合宿開催・・・
1988年には、PC上で簡単に操作できるソフトウェアが発表され、システム・ダイナミクスのシミュレーションがメインフレームだけでなくPC上でも行えるようになりました。
また、同年「ピープル・エクスプレス」という企業経営者がシステム思考を経営に活かすためのシミュレーション・ゲームが開発されます。飛行機のパイロットが実飛行の前にフライト・シミュレーターで訓練を受けるのと同じように、経営者が実社会に起こるビジネス上の問題を「疑似体験」する学習ツールです。
ほかにも、経済と自然資源のシステムを体感して長期的視野の重要性を考える「フィッシュバンクス」など、さまざまなシミュレーション・ゲームが開発されました。これらのゲームは、企業トップや政府の高官から、一般の市民、学生まで幅広くシステム思考を学ぶツールとして活用されています。
そして、システム思考を一躍有名にしたのが、ピーター・センゲの著した『最強組織の法則』です。原書の『フィフス・ディシプリン』は1990年に出版され、翌年のベストセラーとなりました。この本で紹介されたシステム思考やシステム・ラーニングは、ビジネス戦略の上で重要なアプローチとして幅広く注目されるようになりました。
こうしてシステム・ダイナミクスとシステム思考は、ビジネス界はもちろん、経済、社会、環境といった分野でも幅広く活用されていきます。デニス・メドウズとドネラ・メドウズは、毎年9月に世界各地のシステム思考の専門家をハンガリーのバラトン湖に集め、システム思考を活用して地球規模での問題の理解や解決のための話し合いを始めました。24年間続くこの会合は、バラトン・グループ・ミーティングと呼ばれています。チェンジ・エージェントからは枝廣が過去4回のミーティングに参加するほか、運営委員にも選出され、世界の第一人者たちとのチャンネルを強めています。
ビジネスや社会の問題解決に有用とされるシステム思考も、残念ながら日本ではそれほど普及していません。私たちチェンジ・エージェントは、デニス・メドウズをアドバイザーに迎え、ジェイ・フォレスターはじめ多くの第一人者とつながりながら、バラトン・グループ・ミーティングで学んできたシステム思考を日本で幅広く紹介するための活動を展開していきます。


(4)「システム思考はなぜ重要か?(1)システムの特徴」

システムが生み出す複雑な変化
なぜシステム思考は重要なのでしょうか? それは組織、経済、社会、生態系といった私たちを取り巻くシステムが、私たちの日常の思考や直感を超えた独特の複雑性を生み出しているからです。
システムの複雑性は、単にいろいろな種類の物事がたくさんあるという複雑性ではなく、物事がつながり、絡み合っているために生じる複雑性であることが特徴です。システムの複雑性は、要素が数えるほどしかなくても起こります。
たとえば、すこし前のホテルのシャワーを思い出して下さい。赤い印の付いた温水の蛇口と青い冷水の蛇口を調整しながら、自分の好きな温度のシャワーを浴びるしくみです。このシャワーというシステムには、お湯が出てくるシャワーヘッドのほかには、温水の蛇口と、冷水の蛇口、そしてそれぞれがつながっているパイプとタンクしかありませんから、シンプルなシステムと考えられます。
それでも、蛇口を回してから実際にシャワーヘッドに変更された水やお湯の量が届くまでの反応が鈍いと、快適にシャワーを浴びるのも一苦労になってしまいます。まだ冷たいからと温水の蛇口をひねりすぎ、そのうちシャワーが熱湯に変わって飛び上がったり、逆に、冷水を浴びてまた飛び上がったり、というような経験をしたことはないでしょうか。
私たちは、このようなシステムの複雑性を普段から経験しているにもかかわらず、システムに対してどのようにアプローチをすればよいかは意外と理解していません。そのために、組織や社会の中で、よかれと思ってやったことが思うような結果を生み出さなかったり、逆に失敗につながったりしているといっても過言ではないでしょう。(よかれと思って、赤い蛇口を思い切りひねったら、やけどをしそうになるように......)
システムの特徴:互いに影響しあい、相互作用を生み出す
私たちは、組織や社会の中で、戦略や政策を立て、その実行を通じて変化を起こし、「望ましい結果」が生まれることを期待します。たとえば、売上の増加を目指して販売促進を行う、渋滞緩和のために道路を拡張するなどです。
しかし、現実にはなかなか思い通りにはいきません。しばしば、「予期せぬ結果」が生じます。販売促進策では、長期的な売上が下がったり、道路拡張では、かえって渋滞がかえってひどくなってしまうなどです。このような例は枚挙にいとまがありません。
システム思考の最初のステップは、ダイナミックで複雑な変化を生み出すシステムそのものの特徴を認識することです。システムにはどんな特徴があるのでしょうか。
もっとも基本的なシステムの特徴は、ひとつの要素はほかの要素とつながり、相互作用を生み出していることです。ある企業の行動は、ほぼまちがいなく他社の行動とつながっており、互いに相互作用を生み出します。
たとえば、航空業界では、利用距離に応じて無料航空券などが得られるマイレージ・プログラムを導入することでマーケットシェアの向上を目指した企業がありましたが、競合企業も同様のプログラムを始めたため、長期的にはシェア向上につながらないばかりではなく、業界全体の利益性を大きく損ねる結果となりました。
全体像のなかで要素のつながりとして考えないと、変化の方向を見誤ります。渋滞解消のために道路を拡張して走りやすくするという施策が採られます。ところが、道路の走りやすさは、どの道を走るか、どの街に住むかを選ぶ際の基準になっているので、道路が走りやすくなると、より多くの人や車が集まってきて、結局渋滞を引き起こします。
目の前の「渋滞」という問題解決に当たろうとするとき、このようなつながりをしばしば看過しがちですが、現実のシステムではつながっているのです。私たちはよく「予期せぬ結果」「副作用」が生じたと言いますが、私たちの思考にこのつながりの全体像が含まれていなかった、というだけのことなのです。
システムの特徴:直感に反する反応を示す「よかれと思ってしたことが・・・」
要素間の相互作用は、ときとして「システムの抵抗」として現れます。壁を押したときの反作用のように、押せば押すほど大きな抵抗が生じます。たとえば、健康のために低ニコチンタバコが開発されました。ところが、喫煙者は、低ニコチンを補うため、より多くのタバコを、肺の中に長く、深く吸いこむ吸い方になったため、かえって健康への害がひどくなりました。喫煙というシステムの中では、ニコチンなどの物質を欲する喫煙者の欲求がシステム全体の目的になっています。このシステムの目的が変わらないとき、どんなに強くシステムに働きかけても、システムの抵抗がその効果を打ち消してしまうのです。システムは、それぞれの目的や安定を求める特徴があるからです。
総じて、組織や社会といったシステムは、私たちの直感に反する反応を示します。たとえば、経済の成長こそ貧困の解消につながると、先進国も発展途上国も高い経済成長率を目指していますが、貧富の差は縮まるどころか拡大し続けています。私たちはものごとを解決するために、直感的に「もっと速く、もっとたくさん」という方向に押そうとしますが、その動きが、システムの中ではかえって進捗の足をひっぱることがよくあります。むしろ進む速度を落とすほうがより早く問題解決につながることもよくあるのです。
渋滞解決を例にとると、世界の先進的都市は道路を走りやすくするのではなく、逆に道幅を狭くしたり、段差を設けて走りにくくすることで、渋滞の解消に成功しています。
このように、システムは私たちの目に見える範囲を超え、複雑に絡み合っているため、私たちの直感や日常的な思考ではつかみきれないダイナミックで複雑な反応を示します。次回は、これらのシステムの特徴をふまえてのシステム思考の特徴とメリットを紹介します。

(5) 「システム思考の特徴とメリット(1)」

最大のメリット「新しいものの見方」を提供するシステム思考
社会や組織など私たちをとりまくシステムは、さまざまな要素がつながって、複雑に絡み合っており、常に変化しています。私たちが変化を起こそうとすると、しばしば予期せぬ結果や抵抗が起こります。では、そのようなシステムの中で、どのようにすれば望ましい変化を起こせるのでしょうか? システム思考は、まさにその問いに答えるために開発されました。
システム思考を学ぶ最大のメリットは、世の中のものごとを見る新しい視点が得られることです。そのことにより、状況や問題を大局的に把握し、関係者間の共通理解を促進し、バランスのとれた問題解決が可能となります。何回かに分けて、詳しく説明しましょう。
なぜ、新しい視点が必要なのでしょう?
私たちの考える「世の中」は、必ずしも真実の「世の中」ではありません。私たちは、まるで各人それぞれのメガネをかけているかのように、それぞれの世界観(システム思考では「メンタル・モデル」と呼びます)を通して「世の中」を見ています。「幽霊の 正体見たり 枯れ尾花」という川柳に表れているように、私たちのメンタル・モデルは、期待や恐怖、今までの経験・知識、先入観などに大きな影響を受けており、私たちはそのメンタル・モデルで解釈したものを「世の中」であるととらえています。
たとえば、1990年代初頭にアメリカ自動車市場に「スーパーストア」と呼ばれる中古車流通の大きな全国販売網が出現しました。このとき、GMなど自動車メーカーのビッグ3は中古車販売店をとるに足らないものと考えていました。それまでの常識では、中古車は古く性能も低いために、中古車市場は、新車を買う顧客層とはまったく違うセグメントの市場と考えられていたからです。
言い換えれば、自動車メーカーの経営者のメンタル・モデルでは、中古車の市場は新しい自動車を販売するメーカー・販売店にとっての「世の中」の境界の外に置かれていたのです。しかし、そのことが後になって経営者の予想もしなかった脅威につながっていきます。私たちがどのようなメンタル・モデルを構成しようとも、現実のシステムはそれとは違っていることがままあるのです。
スーパーストアの出現がどのような影響を与えるのかを理解しようとしたGMの経営陣は1995年に「システム思考家」(Systems thinker)にアドバイスを求めました。システム思考家は、経営陣のインタビューをして経営陣のメンタル・モデルを明らかにするとともに、その思考と現実に起こっていることとのギャップを明らかにしました。
システム思考の診断から、現実の世界では、新車の販売促進のため買い替え需要を喚起するリース販売戦略が、中古車市場へまだ新しく性能の高い「新古車」の大量供給と大きく結びついていたことがわかりました。つまり、新車の買い替えが早く、たくさん起これば起こるほど、中古車の品揃えや品質は充実し、それが今まで新車だけを選んでいた消費者にとってとても魅力的な選択肢を作り出していたのです。このつながりを見逃していた大手自動車メーカーは、その後の中古車スーパーストアの躍進を看過するばかりか、その成長を助けるような販売促進策を取り続けていたのでした。
視野を広げ、私たち自身の"思い込み"を明らかにするシステム思考
このように、システム思考のツールを用いると、私たち自身のメンタル・モデルを明らかにすることができます。目に見えるようにすることで、私たちが無意識にどのような「境界」線を引いているか、要素と要素の結びつきをどのように考えているかが明らかになります。ひとたび自分自身のメンタル・モデルが明らかになると、現実の「世の中」や自分たち以外の関係者の思考との比較もできるようになり、また、自分の視野をもっと広げることもできます。
私たちが学校や職場で培ってきた思考法は、システムの複雑さを理解するのに適したメンタル・モデルを提供してくれません。ある人は、目の前の問題解決策に直感で飛びついてしまうでしょう。
またある人は、ものごとを切り分けて見る―つまり「分析」して、問題に対処しようとします。それ自体はとても大切なことです。しかし、複雑な要素を細かく分けて整理して、問題の原因や対策、手段の一部を切り出し、「問題はこうだから、こうすれば解決される」と考えて取り組んでも、その行動が市場や組織に与える影響はそれほど単純ではありません。私たちのメンタル・モデルでは思いもよらないことが起こるのです。
システム思考を習得して、大局的なものの見方を手に入れよう
システム思考を学ぶ大きなメリットは、複雑なシステムを大局的に把握するものの見方を習得できることです。システム思考の視点を持つと、丘の上から眼下の地形を眺めるように、問題の全体像やつながりを見渡すことができます。そこで、目の前のことに飛びつかず、まず立ち止まることができます。現在の自分のメンタル・モデルや分析的思考の弱点を認識することができ、そしてより重要なことには、状況や「世の中」に効果的な変化を創り出すことができるチャンスを見出すことができるのです。

(6) 「システム思考の特徴とメリット(2)」

共通理解を深めるコミュニケーション・ツールとして有用
前回は、社会や組織などの複雑なシステムの中で生きる私たちがシステム思考を学ぶメリットのひとつとして、状況や問題を大局的に把握できることを挙げ、事例を紹介しました。システム思考を学ぶメリットはほかにも数多くあります。今回はメリットのひとつであるコミュニケーションの側面を見てみましょう。
システム思考は、立場や役割の異なるさまざまな関係者に対して、新たな共通言語を提供してくれます。私たちがふだん使っている言葉は、複雑に絡み合うシステムを描写するのには向いていません。
しかし、システム思考では、シンプルなグラフやチャートをツールとして活用します。これらのツールは、メモ帳や白板などに簡単に書くことができ、また誰にでも視覚的にわかりやすいのが特徴です。
こういったコミュニケーション・ツールを用いることによって、問題の原因やつながりを組織内外の人たちにわかりやすく伝えることができます。システム思考を用いたディスカションやファシリテーションによって、部門や組織内外の共通理解を深めることができるのです。
マネジメントと作業員、コミュニケーションを促進した結果のコスト削減総額は・・!
ジョン・スターマンは著書の中で、システム思考がコミュニケーションに活かされた事例を紹介しています。化学メーカー大手のデュポン社は、1990年代初頭、工場の設備メンテナンスに関する問題を抱えていました。化学業界のベスト・プラクティスに比べ、デュポンの工場では生産高あたりのメンテナンス・コストが10-30%高いにもかかわらず、設備の稼働時間比率は10-15%も低かったのです。
多くのマネジャーは競争や経済などの外部に原因があると考えました。しかし、アメリカのある地域の責任者は、「システム内部にも問題があるのではないだろうか? システム内部の問題であれば、変えることができる!」と考え、システム思考の専門家に問題の診断と処方を依頼しました。
システム思考の専門家は、工場のマネジャーや現場の社員たちとともに何度もワークショップを行いながら、工場でのメンテナンスがどのような前提や思考のもとに行われているか、そしてその思考がどのような結果につながっているかを話し合いました。
その結果、問題の根幹が明らかになってきました。整備作業員が、生産ラインで稼動している設備の故障という差し迫った問題の火消しに追われ、定期的な予防保守に時間をかけられない状況になっていたのです。いわば、「応急処置に追われ、根治に着手できない」という状況です。
よくある問題ではありますが、だからといって簡単に解決できる問題ではありませんでした。みな「予防保守が大事」とよくわかっているにもかかわらず、実施できていなかったのです。しかし、ここでシステム思考を使ったコミュニケーションが大いに役に立ちます。
システム思考のツールを用いることによって、「整備作業員はなぜ予防保守に時間をかけられないか」に、実は数多くの要因が絡んでいることが明らかになってきました。競争環境などからくるコスト削減のプレッシャーによって、部品や設備のデザインや質が低下し、整備作業の質や生産性も低下し、それによってさらに故障が増えます。そうすると、予防保守にかけられる時間が減ってしまいます。
予防保守が行われないため、故障率が高くなって設備稼働率が低下し、納期遅れによって売上が減少するため、利益を確保しようとしてメンテナンス予算を削減することがさらにコスト削減のプレッシャーに拍車をかけます。そして二十年余にも及ぶ強いコスト削減プレッシャーとの悪循環の結果、「設備が故障したときにいち早く直すことこそが整備の重要な仕事だ」という、故障に対して受身の組織風土が根付いていたのです。
システム思考の専門家の助けを借りながら問題の全体像を把握したマネジメントと整備作業員は、新しい予防保守のプログラムに着手しました。その鍵は、マネジメントおよび現場の「コスト削減」を大前提とする考え方からどうやって脱却するか、にありました。特に、設備修理の仕事はすぐにはなくならないため、予防保守に力を入れると、しばらくの間は稼働率が下がり、コストも上昇してしまいます。だからといって、そこでプログラムをやめてしまっては、長期的には成果が出ません。
プログラムの実施に当たっては、実際に各工場でかかわる人たちが、問題を起こすシステム構造を認識し、これまでどおりの施策を続ける場合と予防保全に力点を置く場合で、どのように違いが生じるかを理解することが重要な鍵を握っていました。
そこで、そういった学びを促すために、ロール・プレイによるシミュレーション・ゲームを開発して、計1200人を対象に2日間に及ぶワークショップを実施しました。これは、組織の学習能力を高めるツールとしてもシステム思考が活用されている好例です。
デュポン全社の中で、システム思考による改善プログラムを取り入れた工場は目覚しい成果をあげました。当初数ヶ月は予測どおりコストが上昇しましたが、その後は、あらゆる指標が改善に向かいます。導入工場の主要な装置の信頼性は飛躍的に高まり、ほかの同規模の工場のメンテナンス・コストが平均で7%上がったのに対し、導入工場のコストを平均で20%削減したのです。システム思考による改善プログラムを導入した工場でのコスト削減総額は、年間で400億円以上になりました。
関係者間のコミュニケーションを円滑にし、本質的な問題解決を促進
システム思考では、問題の原因はシステムの構造にあると考え、けっして「誰か」を責めません。構造が変わらなければ、誰がその立場にいても、どのような介入をおこなっても、また同じ問題が起こると考えます。この「人を責めず、問題の構造に迫る」考え方が、関係者間のコミュニケーションを円滑にし、本質的な問題解決を促進してくれるのです。
このように、システム思考はコミュニケーション・ツールとしても大いに役立ちます。「同床異夢」といわれるように、私たちは、同じ言葉で話していても違った前提をもっていることがよくありますが、システム思考という共通言語によって、それぞれの人の現状把握や解決策に関する考え方の違いを明らかにし、相互理解を深めることができます。
このプロセスは、多様性を最大限に活用して組織の創造性を高めるうえで重要な役割を果たします。システム思考は、部門内外、マネジメントチームあるいは組織外のステークホルダーとのコミュニケーションなどでも大きな威力を発揮するのです。


(7) 「システムの構造」

2種類の「ループ」
システムには、変化を作り出す構造があります。システム構造のもととなっている基本単位は「ループ」と呼ばれる要素のつながりです。世の中にはさまざまな要素がありますが、そのなかにはある要素が別の要素に影響を与えるというつながりを持っているものがあります。
影響を受けた要素がまた別の要素に影響を与え......というつながりがめぐりめぐって、最初の要素に影響を与える、いってみれば「影響を与え、与えられるつながりの輪」がループです。世の中の動きは大変に複雑ですが、そのシステム構造の基本単位であるループは、実は2種類しかありません。つまり、2種類の基本単位をしっかり理解すれば、その組み合わせとして、一見複雑そうにみえる状況や問題も、解きほぐすことができます。
「自己強化型ループ」
ループの種類のひとつは、「自己強化型ループ」といわれるものです。 「○○がますます増える」「××がますます減る」と言ったときには、この自己強化型のループが存在しています。「どんどん」「ますます」という言葉で表されるようなある一定方向へ向かって増えたり減ったりする動きを作り出します。
たとえば、銀行に1万円を預けたとしましょう。年に7%の複利を受け取って元本に組み込んでいくことにすると、1年目の末には、10,000円の7%で700円が追加されます。2年目の利息は、10,700円に対する7%なので749円となり、2年目の末の合計額は11,449円となります。次の1年の利息は801円、合計額は12,250円となり、10年目の末時点での合計額は19,672円というように、預金は加速度に増えます。毎年すでにある額に追加されていくことになりますが、その追加の割合じたいは年7%と定率でも、口座残高が増えるので、追加される絶対額は増えていくのです。これが自己強化型ループの一例です。
ほかにも、人口の増加も自己強化型ループです。「ねずみ算」という言葉があるように、生物の数の増加なども、構造としては自己強化型ループです。
「バランス型ループ」
もうひとつのループは、「バランス型ループ」と呼ばれ、システムが安定する方向へ向けての変化をもたらす構造です。サーモスタットループはその典型例です。その目的は、「室温」と呼ばれるシステム状態を望ましいレベルでほぼ一定に保つことです。目標値(サーモスタットの設定)、目標値からのずれを検知する自動調節装置(サーモスタット)、反応メカニズム(エアコンや扇風機など)という要素を持つバランス型ループを用いることで、この目的を達成します。
ほかにも、ヒトや動物が体温を維持するために汗をかいたりして体温を調整するしくみもバランス型ループです。
先ほども書いたように、システムの変化は、この2つの構造の組み合わせによって引き起こされます。実際のさまざまな変化は、いくつものループが複雑に絡み合って引き起こされますが、基本単位であるループには2種類しかありません。システム思考はこのループを通して構造を理解しようとする思考法ですので、システム思考のワークショップ参加者からも「複雑な物事や状況をシンプルに理解できる」とよく言われます。(私たちもそう思います!)
ループとして考えることで、繰り返し起こる現象における"真の原因"に迫る
ひとつだけ、補足をしておきましょう。たとえば、何かが「どんどん」増えていったとき、そこには必ず自己強化型ループがあるのでしょうか? 
「どんどん」増える理由には二つあります。ひとつは、それ自身が自己増殖するものが自己強化型ループの構造にある場合です。さきほどの人口増加を含め、バクテリアから人間まで、生き物はすべて、この例に当てはまります。また、人口だけではなく、経済も工業資本(機械や工場など)もそうです。複利で増える銀行口座の例もそうですし、黒字の企業は投資資金が得られるので、さらに事業を拡大することができます。
「どんどん」増えるもう一つの理由は、どんどん増加する別の何かに突き動かされて成長する場合です。たとえば、食糧生産量や資源消費量、汚染排出量なども、人口や経済と同じように「どんどん」増える傾向がありますが、この場合はそれ自体が増えるからではありません。(生産される食糧が、さらなる食糧を生産するわけではありませんし、汚染が自ら汚染を増やすわけでもありません!)
これは、人口が増えたり生産資本が増えることによって、食糧量や資源消費量、汚染などが増える、ということです。つまり、食糧生産量や物質の消費量、エネルギーの消費量が、加速度的に増加しているのは、それ自体が増えているからではなく、加速的に増加している人口や経済が必要としているから増えてきているのですね。現在、地球の限界を超えるほど資源消費量や汚染物質などが増えていますが、それ自体が問題視すべき原因ではなく、そのおおもとの原動力となっている人口と工業資本の加速的な成長こそが原因であることがわかります。
ここでは環境の側面を例に取りましたが、このように「単に増えている」という現象面だけではなく、その構造を要素のつながりやループとして考えることによって、その真の原因に迫ることができるのです。


(8) 「システム思考の基本的な考え方(氷山モデル)」

望ましい変化を作り出していくために、システム構造をどのように見ていけばよいのでしょうか? システム思考の基本的な考え方とアプローチをご紹介しましょう。
私たちは、「社員に改善提案を出せと言ったのに、ほとんど出てこない」「売上が落ちた」
「またクレームが来た」といったできごとに一喜一憂し、すぐに「売上を上げるために何をしたらよいか」という対策や解決策を考えようとします。ここで「なんとかしなくては!」と思っている問題は、氷山にたとえると、海水面の上に見ている部分であり、それぞればらばらの「できごと」です。このレベルで考えても、事後的に「反応」しているだけで効果的な変化は起こせません。

氷山モデル
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氷山と同じく、水面上に見えているできごとは、全体のほんの一部であって、その下にもっと大きなものがあります。すぐ下にあるのは、「経時パターン」です。表面に見えているできごとを過去にさかのぼって考えてみると、「いつも販促キャンペーンの二ヶ月後に売上が落ちている」といったパターンが見えてきます。そして、このまま同じやり方をしているとどうなるか、というパターンも考えることができます。
たとえば、売上が落ちるたびに、販促キャンペーンをしても、その少しあとに結局売上は落ちてしまうだろう」といった具合です。このパターンがわかったとき、たとえば売上のパターンに応じて受注や発送の人員体制を配置するなど「適応」が可能になります。しかし、本質的には経時パターンそのものを変えなくてはいけません。
このような経時パターンはなぜ生じるのでしょうか? 経時パターンを生み出すのが、氷山でいうと、さらにその下にある「構造」です。システムの構造が経時パターンを作っているのです。たとえば、この例で言えば、「販促キャンペーンは、販売店が在庫をつみますことで将来の売上げを先取りはするが、最終消費量そのものは増えず、その反動で、その後の注文が入らなくなる」といった構造があるのかもしれません。このレベルに掘り下げると、構造のどこに働きかければ望ましいパターンを生み出せるかが考え、変化を「創造」することが可能になります。
そして、さらに深いレベルには、そのシステム構造の前提となっているいろいろな意識・無意識レベルの前提や価値観があります。この例でいえば、販売員の間で「後先のことを考えずに、自分の目の前のノルマを達成できればよい」と意識または無意識レベルで思っているのかもしれません。こういった意識レベルに働きかければ、自律的に学習し、つねによりよいパターンへの変化を創り出す個人や組織を作り上げることも可能です。
『地球のなおし方』(デニス・メドウズ・ドネラ・メドウズ+枝廣淳子著、ダイヤモンド社)で紹介している例を引用しましょう。
アメリカのニューイングランド地方の森林の話を、この見方で考えてみましょう。この森林地帯には製材所がたくさんあり、木を切って木材を作っています。ところが、森に木がなくなってしまって、製材所はみんな封鎖され、破綻してしまいました。「困った」とみんな言っています。これは「木がなくなって製材所が破綻した」というできごとです。
ところでこれまではどうだったのだろう?とニューイングランドの製材所数のグラフを見てみると、波形になっていることがわかりました。あるとき急に増えるのですが、ある時期たつと、急に減っているのです。三〇年くらいたつとまた増えてきます。そして、また減ります。ここから、単独のできごとの背後にある行動パターンがわかってきます。今製材所が「困った、困った」といっているできごとは、このパターンが表面化したものであって、これまでも同じようなことはよくあったのです。
では、なぜそのような行動パターンがあるのか?と考えてみると、構造がわかってきます。この問題の構造は、このようなことでした。ニューイングランド地域では、製材所を作って木材を生産しますが、たくさんの製材所ができるので、その地域で伐採できる量よりも多くの木材が必要となり、どんどん木を切ってしまうため、ある期間たつと、森林がなくなってしまいます。すると、木材という原材料がなくなってしまうため、製材所は閉鎖されます。製材所が閉鎖されて、木が伐られなくなって何十年かたつと、森林がまた自然に回復してきます。五〇年くらいたつと前のように戻ります。すると「森林があるじゃないか」とまた製材所がたくさん建ちます。そして、また切りすぎて、森がなくなる......このパターンをずっと繰り返している構造がわかります。
そして、この構造をもたらしているのは、おそらく「あればあるだけ取ればいい」という意識・無意識の前提でしょう。「あればあるだけ取りたい」――だからこのような構造になって、このような行動パターンを生み出して、たまたま今目の前で起こっているできごとをもたらしていることが分かります。
システム思考は、目の前にあるできごとを単体で捉えるのではなくて、その奥にある経時パターンや構造、そしてその前提となっている意識や無意識の考え方や価値観を見て、最も効果的な働きかけをしようというアプローチです。
個々のできごとは、あるパターンのスナップショットといえます。そして、システム思考では、時間的な視野を広げそのパターン全体を見て、さらにそのパターンを生み出している構造へと視野を広げていくことになります。そのためのツールも追ってご紹介していきます。








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