2020年5月10日日曜日

温暖化ガス、コロナで急減 今年、リーマン時の6倍

出典: https://www.nikkei.com/article/DGKKZO58917110Z00C20A5EA3000/

温暖化ガス、コロナで急減 今年、リーマン時の6倍
IEA試算 経済再開時の抑制焦点

2020/5/10付
1548文字
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コロナ感染拡大の影響で石油などの需要が急減している(米テキサス州)=ロイター
コロナ感染拡大の影響で石油などの需要が急減している(米テキサス州)=ロイター
新型コロナウイルスの感染拡大による経済活動の停止で、2020年の温暖化ガスの減少が過去最大となるとの試算が相次いでいる。国際エネルギー機関(IEA)は減少幅をリーマン・ショック後の09年の6倍と試算した。ただ経済活動再開や景気刺激策で、温暖化ガス急増を懸念する声も出る。経済回復と温暖化ガス削減に向けた取り組みの両立が今後の課題となる。
IEAは20年のエネルギー関連の二酸化炭素(CO2)の排出量は前年比8%(約26億トン)の減少になると予測した。08年秋に起きたリーマン・ショックの影響を大きく上回る。英国に拠点を置く気候変動分析サイト「カーボン・ブリーフ」もCO2の排出量が同5.5%減ると推計した。新型コロナ拡大による都市封鎖や航空機の運航停止で化石燃料需要が急減したことが要因という。
温暖化ガスを多く排出するとして批判や投資引き揚げの対象となっていた石炭需要は、中国やインドなどの経済活動の停止を受け20年1~3月期では前年同期比で8%も減った。実際、インドでは大気汚染の改善により都市部でヒマラヤ山脈が見えるなどの現象も起きている。ただ外出制限でも家庭内や医療機関における電力など社会の維持などに欠かせない需要があるため、国内総生産(GDP)の減少幅と比べて小幅となっている。
リーマン・ショックでは温暖化ガス排出は「リバウンド」と呼ばれる急増に転じた。各国が景気刺激策を打ち出したからだ。カーボン・ブリーフは経済活動の再開で「(コロナ感染拡大による)温暖化ガス減少は一時的なものになるだろう」と警鐘を鳴らす。
国連環境計画(UNEP)は地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」などが掲げる産業革命前から気温上昇を1.5度に抑えるという努力目標を達成するためには、30年までに年間7.6%のペースで温暖化ガスの排出量を削減する必要があるとしている。
いくら温暖化ガスが減っても雇用の確保や企業活動の再開など経済回復が伴わなければ、自然エネルギーなどへの投資も細り持続可能な社会が実現しない。そのためIEAのファティ・ビロル事務局長は「クリーンエネルギーへの転換を経済回復や景気刺激策の中心政策にすべきだ」と提言する。
提言に沿う動きも出始めた。フランス政府は航空便の停止で経営難に陥ったエールフランスに対し、支援の条件として高速鉄道TGVと競合する国内の短距離路線の廃止を求めた。航空機の温暖化ガスの排出を抑制するための措置だ。
4月28日には、日本の小泉進次郎環境相も参加し、気候変動を議論する約30カ国の閣僚級会合が開かれた。参加国は「温暖化ガスの削減目標の強化は進めるべきだ」とし、経済復興計画がパリ協定に沿うものでなければならないと確認した。
一方で雇用対策として化石燃料産業への支援を手厚くする国もある。代表は環境規制を緩和してきた米トランプ政権だ。4月21日に「米国の偉大な石油・ガス産業を落胆させることは決してしない」と雇用確保のため化石燃料産業への資金支援を表明した。
オーストラリアのモリソン政権も、担当相が「炭鉱の増産がより重要になった」と発言した。一部の州では石油・ガス部門の事業のライセンス料の支払いを猶予するという。
英国で11月に開催する予定だった第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)は延期が決まった。約190カ国はCOP26に向けて温暖化ガスの削減目標を示し、具体策を議論するはずだった。新型コロナの拡大による経済への影響が深刻で、削減目標の提出は進まない。
小泉環境相は4月の記者会見で「グリーン投資につなげなければ、パリ協定が死ぬ」と警告した。経済回復をクリーンなエネルギーへの移行にいかに結びつけるかが温暖化対策の鍵となる。
(気候変動エディター 塙和也)



2020年5月7日木曜日

システム思考とデザイン思考は車の両輪

出典: https://bizgate.nikkei.co.jp/article-print/article/DGXMZO2843712022032018000000

システム思考とデザイン思考は車の両輪
第12回 白坂成功・慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授に聞く

2018/2/19
白坂成功氏(右)と長島聡氏
 日本型のイノベーション=「和ノベーション」を実現していくには何が必要か。ドイツ系戦略コンサルティングファーム、ローランド・ベルガーの長島聡社長が、圧倒的な熱量を持って未来に挑む担い手たちを紹介していくシリーズ。第12回は慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授の白坂成功氏です。
専門を束ねられる人材を育成
長島 聡氏(ながしま さとし) ローランド・ベルガー代表取締役社長、工学博士。 早稲田大学理工学研究科博士課程修了後、早稲田大学理工学部助手、ローランド・ベルガーに参画。自動車、石油、化学、エネルギー、消費財などの製造業を中心として、グランドストラテジー、事業ロードマップ、チェンジマネジメント、現場のデジタル武装など数多くの プロジェクトを手がける。特に、近年はお客様起点の価値創出に注目して、日本企業の競争力・存在感を高めるための活動に従事。自動車産業、インダストリー4.0/IoTをテーマとした講演・寄稿多数。近著に「AI現場力 和ノベーションで圧倒的に強くなる」「日本型インダストリー4.0」(いずれも日本経済新聞出版社)。

長島 白坂さんとは、経済産業省の「素形材産業を含めた製造基盤技術を活かした「稼ぐ力」研究会」などでご一緒する中で、ご専門のシステムデザイン・マネジメント(SDM)などについて、ぜひ詳しくお聞きしたいと思い、対談をお願いしました。まず、慶應SDMの設立の経緯や研究内容について教えていただけますか。
白坂 大学院というと、普通は専門性を追究する場を想像すると思いますが、慶應SDMは専門を束ねるのが専門と言えるでしょうか。2008年に設立するにあたって企業の意見を聞いたところ、大学院の専門性はもちろん必要だが、社会には1つの専門だけでは解決できない課題もたくさんある、という指摘を受けました。企業は日ごろ、収益面はもちろん、消費者がどう感じるか、社会をどう変えていくか、といったことまで考えながら製品・サービスを開発しています。そういった複数の専門を束ねる専門性を体系化し、研究をおこなったり、そういったことができる人材を育成するためにつくられたのが慶應SDMとなります。
長島 当然、社会人の方も多いわけですよね。
白坂 現在、専任教員が12人、修士課程の定員が1学年77人、博士課程が全部で30~40人くらいですから、総勢200人くらいの組織です。学生のうち、社会人が7割、学部卒業の新卒学生が3割といったところです。
長島 どんな業種の企業の方が多いのですか。
白坂 バラバラですね。大手のコンサルタントや金融関係の人もいれば、ベンチャー企業の経営者、さらには吉本興業の人までいます。
長島 ええっ?吉本ですか。
白坂 はい。現役のお医者さんや大学の教授もいます。今までにない研究領域ですので、私たちも学生たちと一緒に「新しい学問」を作っている感じです。実際、経験を積んでこられた社会人の方々から学ぶことはとても多い。業界横断的に使える知恵やノウハウは、どんどん授業に反映しています。
長島 学生の方々が身に付けたいものは何でしょう。スピード感? それとも大志?
白坂 それもバラバラですね。最近多いのは、変化への対応力でしょうか。世の中の変化はどんどん速くなっていますから、それに追随できる組織、人材を作りたいという人は増えています。ただ、本当に色々な問題意識を持った人が集まっていますので、私たちが教えるのは基本的に知識ではなく、思考法になります。
長島 あらゆることが学ぶテーマになりそうですね。でも例えば、非常に精巧なシステムと、人の感情に関わることってすごく開きがあると思うんですが。
系統的に考えるとはどういうことか
白坂 成功氏(しらさか せいこう) 慶應大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科教授。 東京大学大学院 工学系研究科宇宙工学専攻 修士課程修了。三菱電機にて宇宙開発に従事。技術試験衛星、宇宙ステーション補給機(HTV)などの開発に参加。特にHTVの開発では初期設計から初号機ミッション完了まで携わる。途中1年8カ月間、欧州の人工衛星開発メーカーに駐在し、欧州宇宙機関(ESA)向けの開発に参加。HTV「こうのとり」開発では多くの賞を受賞。2004年度より慶應義塾大学にてシステムエンジニアリングの教鞭をとり、2011年度より現職。

白坂 両方とも考えないといけません。人の側面は非常に重要ですね。研究の半分くらいは心理学が関わるほどです。
長島 なるほど。混沌というか、とても複雑なことを研究しているわけですね。
白坂 その中でも私の研究室は特殊かもしれません。ドメインフリーという言い方をするのですが、どんな業種、分野にも通用する方法論を探る研究をしています。「そんなものあるの」と思うかもしれませんが、長年やっていると、キーになるものは見えてきます。私たちの中では汎用的に使える方法論とは何か、といった体系が見えかけています。
長島 それがシステム思考とか、デザイン思考につながるのだと思いますが、まずシステム思考とはどういうものでしょう。
白坂 すごく単純に言いますと、物事をいかに俯瞰(ふかん)的に見るか、系統的に考えるか、ということです。抽象度を高めていく考え方とも言えます。
長島 俯瞰的というのは比較的わかりやすいですが、系統的とはどういうことですか。
白坂 ごく簡単に言うと、系統とは分けることです。全体のままでは見えないものがあるので、いろんな観点から見る。多視点から捉えるのです。ただ、分けると関係性を見失い、システムとしての特性が失われる恐れもあります。分けながら、関係性も配慮する必要があります。システムは一面からでは捉えられない。いろんな角度から見て、最後は統合しなければいけない。例えば、家には意匠デザインや居心地、水回り、電気、資金繰りといった様々な観点があります。それぞれに突き詰めていきながら、全体を1つの家として捉える。これが系統的に考えるということです。
長島 その捉え方は何にでも応用できますね。もう1つのデザイン思考とは何でしょう。
白坂 デザイン思考という言葉は米国のスタンフォード大学と、デザインコンサルタント会社IDEO(アイディオ)が広めたと言われます。IDEOのCEOであるティム・ブラウンはデザイン思考の根幹とは「人間中心の問題解決アプローチ」であると指摘しています。具体的には、ユーザー起点で考える、対話を重視する、繰り返し試してみる、といった考え方です。
 ただ、現実の企業活動では、人間中心的な考え方を活用するフェーズと、分析的な考え方を活用するフェーズがあります。プロトタイプを作って試すこともあれば、本当にビジネスとして成立するのか精緻に分析する過程も必要です。つまり、デザイン思考とシステム思考は車の両輪であり、どちらか片方では進みません。両方を使える能力が求められます。
長島 2つの思考を融合する必要があるわけですね。
白坂 はい。モノでもサービスでもいいのですが、新しい価値を作るという目標に向かって、どういう「思考プロセス」を踏んでいけばよいかは、基本的にシステム思考を使って考えていきます。具体的にそのプロセスを実施する時には、システム思考のアプローチが適切な時と、デザイン思考のアプローチを使う方がよい時があります。私たちが「"システム×デザイン"思考」と呼んでいるのは、このように2つの思考を組み合わせてゴールまでの思考の流れを設計することが大事だと考えているからです。
 2つの思考を融合させる2つ目のポイントは、デザイン思考のコラボレイティブ(協働)の側面を生かすことです。1人の思考には限界がありますから、多様な人たちとの議論を通じた相互作用から新たな発想を生み出す。その際、自分の考えを相手に伝えるためには、思考のエッセンスを抽出する必要があります。例えば、「黄色い車が走っている」というと、黄色が大事なのか、車が大事なのか、走っていることが大事なのかがわからない。黄色であることに意味があるなら、それだけを抜き出さないと伝わりません。そこで初めて、抽象的な言葉のやり取りが、具体的な議論に発展するわけです。
長島 要は、システム思考で問題を解くと決めたとき、より速くゴールにたどり着くためにデザイン思考を使うということでしょうか。
白坂 ゼロから1を生み出すには多様性があった方がいいので、デザイン思考を取り入れますが、その協働作業がうまくワークするためには、システム思考が必要なこともあります。つまり、2つの思考は「入れ子構造」になっていて、どこからがシステムで、どこからがデザインか、という話ではないんですね。その辺りの加減が少しずつわかってきたということです。

誰も全体を見ていないシステム
長島 デザイン思考でみんなが気持ちいい状態を具体的に描いておくと、システム思考で目指すべき目標が明確になり、ベクトルがそろって進みやすくなりますね。
白坂 思考の過程が可視化されることはとても大事です。もし、方向性が間違えていたとき、どこまで戻ればいいか、すぐわかるからです。思考のトレーサビリティーを残すと言ってもいいかもしれません。エクスペリメンタル(実験的な)はデザイン思考の重要な要素の1つです。こういった工夫がより効率的なデザイン思考の実践を実現します。
長島 だいぶ分かってきました。システム思考について、さらに理解を深めるために、システム・オブ・システムズやアーキテクチャーといったキーワードについても教えていただけますか。
白坂 もともとシステムは、それを構成するサブシステムが相互に作用して1つとなっているものをいいます。そのサブシステムも、さらにいくつかのサブシステムからなるシステムと捉える事ができます。この関係をビルディングブロックと呼びます。つまり、システムとシステムを足すとシステムになる、という概念は昔からありました。
 ですから、システム・オブ・システムズという言葉が登場した1980年代には、どこが新しい概念なのか、という論争が起きました。その論争に決着を付けたと言われるのが、エアロスペース・コーポレーションという米コンサルタント会社のマーク・メイヤー副社長が1998年に発表した論文です。
長島 それはどういう内容だったのでしょう。
白坂 簡単に言うと、今までのシステムは誰かが全体を管理していたのに対し、システム・オブ・システムズは誰も全体を見ていない、管理していないものをいいます。従って安全性のようなシステム全体で捉える特性が保証されていないシステムになってしまいます。そして、その時に重要になってくるのが、何と何がどうつながっているのかを表すアーキテクチャーという概念です
 もう1つ、現代はAI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)、VR(仮想現実)など、新しい技術が次々に登場しています。これらの技術は単独よりも、組み合わせることで劇的な価値を生み出します。その組み合わせもアーキテクチャーの領域となります。
長島 確かに、昔はなんとなく関係性が見えていたものが、最近は規模が広がりすぎて見えなくなっていますよね。
白坂 家電などの身近な機器でも、メーカーが想定もしないような使い方をユーザーがするようになっています。ユーザー・サイド・インテグレーションといって、これもシステム・オブ・システムズの1つと言えます。
長島 システム・オブ・システムズはなんとなくわかりましたが、アーキテクチャーの概念は難しいですね。

変化に対応しやすい「割り当て」が重要に
白坂 システムの構成要素と要素の関係性というのが、最もシンプルな定義でしょうか。ただ、目に見えるハードはわかりやすいですが、ソフトはわかりにくい。さらに、現在、過去、未来という時間の要素も入ってきます。機能と物理的な構造の関係性もアーキテクチャーと言えます。企業でいうと、どの役割をどの部署、どの社員に割り当てるか、ということです。
長島 今おっしゃった要素間の関係と、割り当てという表現は似ているようで違うような気がしますが。
白坂 細かく言うと、「割り当て」はどの機能をどのハード、ソフトに持たせるかを決める時に使い、「関係性」は割り付けられた状態を指すことが多いですね。最近よく言われるのは、変化に対応しやすい製品や組織を作るために割り当てが大事になっているということです。
 例えば、自動運転車で前の車との距離を測る機能をどの装置に割り当てるか。今はカメラかもしれませんが、将来的にはレーダーやライダー(レーザー光を使うレーダー)になるでしょう。そのとき、機能と装置(物理)とを意識的に分離して考えておけば、技術が進化してレーダーやライダーを使うことになっても、機能的には変更がないので変更しやすい。
長島 可変な状態にしておくことが大事というわけですね。関連して、レファレンス・アーキテクチャーという概念もあります。レファレンスは参照とか照合という意味ですが、IT用語では、システムなどの標準的な構成とか典型的な使用法のことを指します。これを使うと確かに効率性は上がるけど、つまんないなという気もするんですね。もっと言うと、おまえらはモノを考えるな、と言っているようにも取れる(笑)。
白坂 おっしゃる通り、レファレンスを使うと、その範囲での自由度しかなくなります。ただ、システム・オブ・システムズの場合、誰も管理する人がいないため、やろうと思えば何でもできる状態とも言えます。そこで、少し目安のようなものが必要ということかなと思っています。
長島 IoTやインダストリー4.0というのは、今までとは比較にならないくらい広い概念ですから、ガイドがないと初動がうまくいかないということですかね。物事を進めていく上での1つのアプローチと言えるかもしれません。
白坂 スタンフォード大学の研究機関であるSRIインターナショナルは、もっとイノベーティブなアプローチをしています。個々のシステムの中に安全を立証するロジックを持たせておいて、システム同士をつなごうとする瞬間に自動的に安全性を立証する仕組みです。もしダメならつなげない。まだ完成していませんが、考え方は進んでいますね。
長島 1つ疑問に思ったのは、システムを構成する要素のうち、何をバラバラで持っておいて、何を組み合わせて持っておくべきか。これも1つのアーキテクチャーだと思いますが、その辺りを考えるための拠り所みたいなものってありますか。
白坂 決まった法則はないと思います。例えば、昔は何か作ろうとすると部品を買って来なければなりませんでしたが、3Dプリンターが登場して部品を自分で作れるようになりました。要素の最小単位が部品から素材に変わったわけです。つまり、アーキテクチャーを考える自由度が高まった。要はディシジョン(意思決定)の問題です。

知識に頼らずに思考する大切さ
長島 自分が何をやりたいか、どんな価値を生み出したいか、それによって要素をどのような形で持つかが変わるということですね。今、自動車メーカーは提供する価値をモビリティー、つまり移動そのものだと言っています。車という製品だけでなく、道路環境も含めて価値を提供する。だから研究開発の対象は飛躍的に増えています。
白坂 最近の言葉でいうと「アズ・ア・サービス(as a service)」、製品機能のサービス化ですね。例えば、ブリヂストンならタイヤ・アズ・ア・サービス。タイヤを売り切って終わりでなく、メンテナンスまで含めたサービスとして提供しています。収益を最大化するにはどのような売り方がいいのか、あるいは逆に、どこまで調達し、どこから自前で持つべきか。その設計、デザインが大事になっています。
長島 慶應SDMはそうした人材を育てているわけですね。ただ、自在に系の大きさを変えながら、儲かる儲からないを判断できる人材はなかなかいないんじゃないですか。
白坂 そうですね。抽象度をコントロールすることでさえ難しいのに、さらにコントロールした先にデザインもできないといけない。しかも技術、ビジネスもわかっている。だから1人でなく、いろんな人との協働作業が必要なわけです。ただ、抽象度をコントロールできる能力がないと、これからの時代に活躍することは難しくなるでしょうね。
長島 先ほど、共同作業で必要なコミュニケーション能力として、思考のエッセンスを抽出するというお話がありました。最近、早稲田大学ラグビー部の元監督だった中竹竜二さんにお会いする機会があり、「わかる」と「できる」は違うというお話をされていて、まさにその通りだなと思ったんですね。「わかる」にもいろんな定義がある。私の中では、「妄想力」をフル活用して、現場で働く作業員、マネジャー、アルバイトなど、あらゆる人たちの動きをイメージできることが「わかる」ということですね。
白坂 長島さんは実際に現場を見ているから言えるのだと思います。知識だけではダメで、やはりビジネスの経験を豊富に持っていることは強みですね。一方で、1を見れば10がわかる、本質をつかむ能力も重要です。つかめる人とつかめない人がいる。いったん本質をつかめると抽象度が上がり、抽象度が上がれば適用先が広がります。
長島 知識に頼らずに思考するということが大事ですね。最新の知見とか、ベンチマークを知っているだけでは通用しない。本質をつかむコツってありますか。
白坂 うまくいった事例について、何が奏功したのか因果関係を分析する訓練というのは大事ですね。私の専門の人工衛星でよく知られているエピソードがあります。人工衛星から撮影した画像の精度は年々高まっていますが、では何を撮影してどう解析するかというのが、最大の課題になっています。要はいかに使ってもらうか。その画像の活用例として反響を呼んだのが、米国のオービタル・インサイトというベンチャー企業です。
 彼らは世界中の石油備蓄タンクの写真を撮り、その画像から石油の備蓄量を推測する手法を開発しました。カギはタンクの蓋です。内部の石油の増減によって蓋が上下に動くので、その蓋の影の変化を解析したのです。備蓄量がわかれば、石油の需要がわかり、どこからどこへ石油が輸送されるかも推測できる。石油会社や輸送会社、商品市場の投資会社にとって非常に有益な情報源となったわけです。今まで、人工衛星の画像をこんな用途に使うことは誰も思い付きませんでした。
長島 へえー、面白いですね。

シーズとニーズは遠いほど面白い
白坂 この事例について、私の研究室の学生が調べたのですが、ポイントは情報の連鎖だということがわかりました。タンクの蓋の写真だけなら欲しがる人はいません。蓋の影の形から蓋の上下の動きがわかり、そこから石油の量がわかり、石油の需要がわかり......という具合です。そこからわかったのは、シーズとニーズがすごく遠いこと、そして、その間のステップが多ければ多いほど、今までにない価値が生まれやすくなるということでした。
長島 なるほど。遠距離発想法とでも言うべきものですね。
白坂 これはIoTのセンサーで捉えたビッグデータにも応用できます。データを使う用途を考えるとき、意図的に距離を置いてみると、他の人が気付かない用途が見つかりやすくなるかもしれません。もちろん、最終的には技術を持つシーズ側と課題を持つニーズ側の双方の声を聞いてマッチングするという作業が必要です。
長島 技術側と課題側とどちらからアプローチすべきですか。
白坂 聞かれると思いました(笑)。両方の場合があります。シーズとニーズの距離が近ければ、お互いに話すだけでマッチングできる可能性は高いのですが、距離が遠いと相手の言いたいことがパッとわからないところが問題ですね。
長島 「業際」という言葉がありますが、業界の枠を超えること自体に意味はないと思います。枠を超えることで生まれる価値にこそ意味がある。相手の話を聞いて、「それ使えるじゃん」とか「こうすればもっと面白いよ」とか思い付くかどうか。何かヒントはありますか。
白坂 私たちの授業では今までと違うことを考えていくための方法を教えていますが、考えつくこと、そこから選び取ること、それを説明すること、これらはすべて違う能力です。ブレーンストーミングでアイデアはいっぱい出せるが、その中から良いアイデアを選べない。これは私の仮説ですが、今の若い人は優等生が多いから、誰もが「それいいね」「大事だよね」と言いそうなものを選んでしまうのではないでしょうか。
長島 そういうものって世の中にあふれているんですよね。
白坂 そのとおりです。そこで慶應SDMでは、2週間に1つ、身の回りでいいなと思った製品やサービスを選び、100字以内で理由を説明するという課題を課しています。すると面白さの感度がだんだん上がってくるんですね。半年くらいやるとモノの見方が変わります。でも、それを説明するとなると、これが難しい(笑)。
長島 私もその傾向があります(笑)。だから先ほどの可視化の訓練が必要なわけですね。それと、今の「それいいね」のお話の根っこには安心感があるような気がします。全く違うものより、ちょっとだけ新しい方が受け入れられやすい。でも、それだと変化が小さい。誰もがいいと思えるものとイノベーションを両立するにはどうすればいいでしょう。

社会に受け入れられるためのデザイン
白坂 確かに安心はキーワードですね。日本は新しいことに信頼感を持ちにくい国だと思います。それを解くカギはやはりデザインでしょうか。社会受容性はデザイン可能です。最終形だけでなく、過程のデザインも大事です。すでに社会に受容されているものを進化させるなど流れをデザインすると受容されやすい。
 私たちの研究室でも信頼感や共感、感動、欲求といった人間の感じ方のデザインを研究しています。例えば、「信頼感のトランスファー」と呼んでいますが、どうやってテクノロジーの信頼感をトランスファーするかをデザインする。もともと日本人は他人に思いをはせることを大切にしてきました。感覚的にやってきたことを体系化するわけですね。それが日本の強みにもなるし、社会のためにもなると思っています。
長島 どの会社もイノベーションをたくさん生み出したいと考えているわけですが、そのエッセンスみたいなものを使いやすい形で流通させることはできるでしょうか。
白坂 まず誰もが理解できるようにするには、具体的な事例とセットである必要があります。理解は具体でやる。でも流通させるには抽象でないと広がらない。それが実現できたら世界は変わりますよ(笑)。
長島 最後に、AIに割り付けたい機能は何でしょう。
白坂 うーん、難しいですね。実は私は学士論文と修士論文はAIなんです。当時、ディープラーニングはまだなかったのですが、登場してきたときは愕然としました。昔はパラメーターは自分で選ぶと思っていましたが、今は自分でそこまで学ぶんだ、と。ただ、ディープラーニングも、なぜそう考えたかの説明はまだできていません。ですから失敗しないという保証はできない。だから宇宙にも持って行けませんでした。保証ができるようになれば、格段に用途が広がるでしょうね。
長島 私はAIが使える用途として、(1)人が1つ1つ考えていること、(2)ルールとして定めて考えないことに決めていること、(3)人が気付かずに放置されていること、(4)無理だからとあきらめていること、の4つかなと思っています。特にホワイトスペース(白地)は(2)~(4)で、ルールに捕われてことや、こんなデータ無いよな、とか、考えるの面倒だな、と放っておかれていることをAIにやらせると面白そうですよね。要は、人間が考えてこなかったことのシャッフルが起きるんじゃないかと思うのです。
白坂 私たちの授業でも、今まで常識だと思われてきたこと、当たり前と思ってきたことを疑えと教えています。暗黙のルールや勝手に決めつけていることはたくさんあります。それらをことごとくひっくり返すものが、これから出てくるだろうと思います。
長島 面白い世の中になりそうですね。今日はいろいろと教えていただき、大変勉強になりました。ありがとうございました。



2020年5月6日水曜日

システム思考入門

出典: https://www.change-agent.jp/systemsthinking/column.html

システム思考入門



(1)「システム思考とは何か、システムとは何か」

変化がどのようにしておこるのか・・私たちは、どれだけ理解できているだろうか?
システム思考とは何でしょうか? そもそもシステムとは?
ぐるっと身の回りを見渡してみて下さい。あちらを見てもこちらを見ても「変化」にあふれていると思いませんか? 
刻一刻と変わる市場の価格の動きから職場でのできごと・人間関係、流行の商品や顧客の嗜好、競合や取引先の動向、あるいはもっと長いスパンで変わる人や組織の成長、身近な地域や自然から国際関係、地球環境まで、常に変化が私たちの生活や仕事を取り巻いています。そして、私たちは家庭や職場、地域社会、ひいては国際社会の中でさまざまな変化を予測したり、対応したり、あるいは創り出そうとしています。
しかし、こういった変化がどのように起こるのか、そしてより重要なこととして、どのようにしたら変化を引き起せるか、について、私たちはどのくらい正確に理解しているでしょうか? 実は十分に理解できていない場合がほとんどなのではないでしょうか。

今日の問題は、昨日の解決策から
問題が目の前にあるとき、私たちはその問題を解決し、望ましい状態にしようと、物事や状況を変えよう、変化を起こそうとします。ところが、みなさんもご存じのとおり、そう考えて実行する問題解決方法がうまくいくとは限らないのです。
売上を上げようと販売促進キャンペーンをしても、終わったとたんに売上が元に戻ってしまったり、ひどいときには逆に落ち込んでしまう。従業員の動機付けに取り組んでも、思ったような効果が出なかったり、効果が長続きしない。道路の渋滞を解決しようと道路の車線数を増やしたら、かえって渋滞が増えてしまった......。
みなさんの身の回りにも思い当たることがあるのではないでしょうか? よかれと思って変化を起こしても、問題を解決するどころか、問題を悪化させてしまうことすらあるのです。
とりわけ分業が進み、多くの要素が複雑に絡み合っている現代社会では、思ってもいなかったことや予想や予測からは考えられないことが起こります。それは、いま目の前で起きている問題の原因は、私たちの目の前にあるとは限らないからです。しかも皮肉なことに、今日の問題の多くは、昨日の解決策から生じているのです。

変化を理解し、望ましい変化を自ら引き起こすために必要な「システム思考」
では、どのようにすれば変化を理解し、適切に対応することができるのでしょうか。そして、望ましい変化を自ら引き起こすことができるのでしょうか。
一口で「変化」と言っても、さまざまな分野で、多種多様な変化が、いろいろなレベルで起こります。しかし、ごく身の回りの変化でも、国際社会の変化であっても、「変化を引き起こす構造」や「変化のプロセス」には共通するパターンを見出すことができます
この変化の構造とプロセスに着目し、変化のダイナミクスを理解することによって、本質的な解決策を見出そうとするとき、重要な役割を果たすのが「システム思考」なのです。物事を見えている部分だけではなく、システムとして全体的にとらえて、要素間の相互作用に着目するアプローチです。

「システム」とは?
さて、ここでいう「システム」とは、何を指しているのでしょうか。「システム」は頻繁に、しかもさまざまな意味で使われる言葉ですので、システム思考で使う場合の定義をしましょう。
システム思考におけるシステムとは、「多くの要素がモノ、エネルギー、情報の流れでつながり、相互に作用しあい、全体として特性を有する集合体」のことです。単に構成要素が存在するだけではシステムとはいいません。システムの構成要素は互いにつながっている必要があります。河原の石のように、たくさんあるけれども、ひとつ取り除いても何も変わらない場合は「システム」とはいわないのです。

システムの特徴
では、どのようなものが「システム」なのでしょうか。
例えば自動車がそうです。自動車は、エンジンやハンドル、タイヤ、車体など多くの構成要素から成り立っています。そして、エンジンで生じた動力はトランスミッションを経由してタイヤへと伝わり、自動車を動かします。ハンドルの動きは前輪に伝達されて、進む方向を決めます。このように「構成要素がつながっている」ことがシステムの重要な特徴なのです。
また、自動車が動いている間、窓やダッシュボードのメーターなどを通じて、さまざまな情報が得られます。そして、これらの情報をもとに、ハンドルやアクセル、ブレーキを制御します。制御した結果がふたたび情報として戻ってきます。このように「構成要素の間に相互作用がある」ことがシステムの特徴です。
そして、もう一つの特徴は「システムには全体としての特性や目的がある」ことです。自動車の目的は、現在地から行きたい地点まで移動することです。自動車とは、この目的をさまざまな機能を有する構成要素の相互作用を通じて達成しようとするシステムなのです。

身の周りの「システム」
システムは、小さいものでは、生物の細胞レベルから、心臓やエンジンなどの器官レベル、ヒトや自動車などの個体レベルやその集合体としてのレベル、そしてより大きくは地球環境のレベルまで、実にさまざまな規模で存在します。
また、システムは物理的なものばかりではありません。家族や会社、コミュニティ、市場、国家など、社会をなしている組織や機関、そしてその社会そのものもシステムです。経済のしくみもシステムです。いずれも、多くの構成要素が互いに相互に影響を与えながら、全体としての目的を達成する営みをおこなっているからです。
システム思考は、このようにさまざまなシステムを対象に、変化の構造やプロセスに着目し、効果的な変化を起こすための考え方、アプローチやツールを提供してくれます。この連載シリーズでは、その考え方やツールを紹介していきます。


(2)「システム・ダイナミクスとは何か、システム思考との違いは?」

システム・ダイナミクスとは?
ローマクラブは1970年代初頭、私たちの経済活動と地球環境が将来どのようなシナリオをとりうるかについて、マサチューセッツ工科大学(MIT)の若い研究者グループに研究を委託しました。スーパー・コンピューターでシミュレーションを行ったその結果は、1972年に『成長の限界』という書籍で発表され、「21世紀中には人口と経済の成長が地球の限界を超えるため、ただちに手を打って崩壊を回避しなくてはならない」というその衝撃的な内容は世界中で大変な反響を呼びました。このときのコンピューター・シミュレーションに用いられたのが「システム・ダイナミクス」という手法です。
システム・ダイナミクスは、経済や社会、自然環境などの複雑なフィードバックをもつシステムを解析し、望ましい変化を創り出すための方法論です。フィードバックとは、XからYへといった因果関係がめぐりめぐってもとのXに影響を与えることをいいます。生物や物理などの自然科学の分野はもちろん、経済、社会などの社会科学の分野にも広く見られる構造です。
例えば経済では、価格が変化すると供給や需要の量も変化し、量の変化が今度は価格に影響を与えるというフィードバックが存在します。また、子育てでも子供の行動に対する親の反応のしかたがその後の子供の行動に影響を与えるフィードバック構造があります。家庭でも、職場でも、市場でも、国際社会でも、多くの要素がつながりを持つシステムではほぼすべての場合にフィードバック構造が介在しています。
システム・ダイナミクスは、物事をシステムとしての全体像でとらえ、要素間のフィードバック構造をモデル化し、問題の原因解析や解決策を探るためにシミュレーションを行うことで、実社会に存在するさまざまな問題の効果的な解決を図るアプローチです。

システム思考とシステム・ダイナミクスの違い
では、前回「物事をシステムとしての全体像でとらえ、要素間の相互作用に着目するアプローチ」と紹介したシステム思考と、システム・ダイナミクスとは何が違うのでしょうか?
簡単にいうと、システム・ダイナミクスのうちコンピューターを使用する複雑な数学の部分を省いた手法がシステム思考です。システム思考では、もっとも基礎となるプロセスのみを活用しますが、システム・ダイナミクスでは、問題の構造を正しく把握しているか、検討する解決策がどのような成果を出しうるかなどを確認するために、コンピューター・モデリングを用います。
これは多くの変数間の複雑な相互作用による結果を「計算する」ことは複雑すぎて、普通の人間の能力を超えてしまうためです。冒頭紹介した『成長の限界』で使われているシミュレーションの「ワールド3モデル」はその一例です。人口、経済、食料、技術、環境などの要因の相互作用について、気が遠くなるほど計算を繰り返して将来のシナリオが描かれているのです。

システム思考の役割
コンピューターを使ってのモデリングをおこなわないシステム思考では、正確な意味でのシミュレーションはできませんが、社会における問題の構造の理解や解決策の指針を与えるという意味では、十分に大きな役割を果たすことができます。数字やシミュレーションがなくても、フィードバック構造の型やその組み合わせがわかれば、一般的な解決へのアプローチに共通するものがわかるからです。
例えば、家族や友達と口論になるとき、企業同士で過度の価格競争に陥るとき、あるいは国家間の軍拡競争が起こるときにも、実は同じフィードバック構造が働いています。このような構造のパターンが認識できるようになれば、その構造を変えようとするときに概念的には共通するアプローチを用いることができます。

子供から大人まで、だれにでも使えるシステム思考
また、システム思考ならではのメリットもあります。システム・ダイナミクスを使いこなすには数学モデルの構築やコンピューター・ソフトウェアの習熟が必要であり、誰にでも使えるというわけにはいきません。しかし、システム思考なら、子供から大人までだれでもその考え方や手法を習得することができます。米国などでは実際に子ども向けにシステム思考を教える授業をおこなっている教師がたくさんいます。
組織や社会のなかで起こっている問題には、さまざまな人が関わっています。分野や背景の異なる人々といっしょに問題を理解し、解決していくには、システム思考のシンプルでわかりやすいツールがとても役に立ちます。

このMLでは、システム・ダイナミクスの理論に基づきながら、誰にでも普通に使いこなせるツールとしてのシステム思考を紹介していきます。


(3) 「システム思考とシステム・ダイナミクスの歴史」

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(background photo by Kevin Dooley)

システムの全体像を見る:部分と部分の相互影響、部分と全体の関係性
日本には、「風が吹けば桶屋が儲かる」、「因果応報」など、目の前のことだけでなく物事のつながりを考える習慣が古くからあります。日本だけではありません。物事の全体像をとらえ、つながりに着目するシステム思考に通ずる考えは、古代ギリシャや中国をはじめ、古今東西いたるところに見られます。
しかし、実践的な学問としてのシステム思考が発達してきたのは、意外と最近のことです。1930年代、ルードヴィヒ・フォン・ベルタランフィは、自然界にある細胞、生物個体、集団、生態系などのさまざまなレベルのシステムには普遍的な原理があり、それらの原理はあらゆるフィールドに適用できるとする「一般システム理論」を提唱しました。
その原理のひとつが、「部分は全体の目的の中での機能を担い、他の部分と相互に影響しあうこと」でした。そこから「システムの全体像を見ることが重要である」という考え方が、当初は生物学や工学の分野で発展します。1948年にはノーバート・ウィーナーが、自然界のシステムの一般的な原理が、経済の市場メカニズムや、政治での意思決定、人間の心理にも働いており、社会科学の分野でもシステムに関する知識や経験を応用できると提唱しました。

「システム・ダイナミクス」という学問の誕生
1956年、システム理論をすでに工学分野で応用していたMITは、産業界への応用を図ります。1961年、ジェイ・フォレスターは『インダストリアル・ダイナミクス』を出版し、ビジネスでなぜ在庫が変動するかなど、コンピューター・シミュレーションでサプライ・チェーンのシステム構造を分析しました。こうして、システム理論を社会や経済の問題に応用する枠組みを築き、システム・ダイナミクスという新しい学問分野を開拓したのです。
また1969年にはフォレスターは、都市開発にシステム理論を応用した『アーバン・ダイナミクス』を発表しました。1972年には、フォレスターに師事するデニス・メドウズ、ドネラ・メドウズらが、ローマクラブの委託研究の成果として、地球規模での生態系と経済などの関係をシミュレーションした『成長の限界』を発表します。こうしてシステム・ダイナミクスは経済、社会、環境などにも応用分野を広げていきます。
その後、システム・ダイナミクスは、MITから派生して、米ダートマス大、英ロンドン・ビジネス・スクールなど世界各地の大学で教えられるようになりました。また、このころからシステム・ダイナミクスの基礎となるシステム思考が、小学校5年生から大学生まで幅広く教えられるようになります。

シミュレーションソフト、学習ツールの開発、バラトン合宿開催・・・
1988年には、PC上で簡単に操作できるソフトウェアが発表され、システム・ダイナミクスのシミュレーションがメインフレームだけでなくPC上でも行えるようになりました。
また、同年「ピープル・エクスプレス」という企業経営者がシステム思考を経営に活かすためのシミュレーション・ゲームが開発されます。飛行機のパイロットが実飛行の前にフライト・シミュレーターで訓練を受けるのと同じように、経営者が実社会に起こるビジネス上の問題を「疑似体験」する学習ツールです。
ほかにも、経済と自然資源のシステムを体感して長期的視野の重要性を考える「フィッシュバンクス」など、さまざまなシミュレーション・ゲームが開発されました。これらのゲームは、企業トップや政府の高官から、一般の市民、学生まで幅広くシステム思考を学ぶツールとして活用されています。
そして、システム思考を一躍有名にしたのが、ピーター・センゲの著した『最強組織の法則』です。原書の『フィフス・ディシプリン』は1990年に出版され、翌年のベストセラーとなりました。この本で紹介されたシステム思考やシステム・ラーニングは、ビジネス戦略の上で重要なアプローチとして幅広く注目されるようになりました。
こうしてシステム・ダイナミクスとシステム思考は、ビジネス界はもちろん、経済、社会、環境といった分野でも幅広く活用されていきます。デニス・メドウズとドネラ・メドウズは、毎年9月に世界各地のシステム思考の専門家をハンガリーのバラトン湖に集め、システム思考を活用して地球規模での問題の理解や解決のための話し合いを始めました。24年間続くこの会合は、バラトン・グループ・ミーティングと呼ばれています。チェンジ・エージェントからは枝廣が過去4回のミーティングに参加するほか、運営委員にも選出され、世界の第一人者たちとのチャンネルを強めています。
ビジネスや社会の問題解決に有用とされるシステム思考も、残念ながら日本ではそれほど普及していません。私たちチェンジ・エージェントは、デニス・メドウズをアドバイザーに迎え、ジェイ・フォレスターはじめ多くの第一人者とつながりながら、バラトン・グループ・ミーティングで学んできたシステム思考を日本で幅広く紹介するための活動を展開していきます。


(4)「システム思考はなぜ重要か?(1)システムの特徴」

システムが生み出す複雑な変化
なぜシステム思考は重要なのでしょうか? それは組織、経済、社会、生態系といった私たちを取り巻くシステムが、私たちの日常の思考や直感を超えた独特の複雑性を生み出しているからです。
システムの複雑性は、単にいろいろな種類の物事がたくさんあるという複雑性ではなく、物事がつながり、絡み合っているために生じる複雑性であることが特徴です。システムの複雑性は、要素が数えるほどしかなくても起こります。
たとえば、すこし前のホテルのシャワーを思い出して下さい。赤い印の付いた温水の蛇口と青い冷水の蛇口を調整しながら、自分の好きな温度のシャワーを浴びるしくみです。このシャワーというシステムには、お湯が出てくるシャワーヘッドのほかには、温水の蛇口と、冷水の蛇口、そしてそれぞれがつながっているパイプとタンクしかありませんから、シンプルなシステムと考えられます。
それでも、蛇口を回してから実際にシャワーヘッドに変更された水やお湯の量が届くまでの反応が鈍いと、快適にシャワーを浴びるのも一苦労になってしまいます。まだ冷たいからと温水の蛇口をひねりすぎ、そのうちシャワーが熱湯に変わって飛び上がったり、逆に、冷水を浴びてまた飛び上がったり、というような経験をしたことはないでしょうか。
私たちは、このようなシステムの複雑性を普段から経験しているにもかかわらず、システムに対してどのようにアプローチをすればよいかは意外と理解していません。そのために、組織や社会の中で、よかれと思ってやったことが思うような結果を生み出さなかったり、逆に失敗につながったりしているといっても過言ではないでしょう。(よかれと思って、赤い蛇口を思い切りひねったら、やけどをしそうになるように......)
システムの特徴:互いに影響しあい、相互作用を生み出す
私たちは、組織や社会の中で、戦略や政策を立て、その実行を通じて変化を起こし、「望ましい結果」が生まれることを期待します。たとえば、売上の増加を目指して販売促進を行う、渋滞緩和のために道路を拡張するなどです。
しかし、現実にはなかなか思い通りにはいきません。しばしば、「予期せぬ結果」が生じます。販売促進策では、長期的な売上が下がったり、道路拡張では、かえって渋滞がかえってひどくなってしまうなどです。このような例は枚挙にいとまがありません。
システム思考の最初のステップは、ダイナミックで複雑な変化を生み出すシステムそのものの特徴を認識することです。システムにはどんな特徴があるのでしょうか。
もっとも基本的なシステムの特徴は、ひとつの要素はほかの要素とつながり、相互作用を生み出していることです。ある企業の行動は、ほぼまちがいなく他社の行動とつながっており、互いに相互作用を生み出します。
たとえば、航空業界では、利用距離に応じて無料航空券などが得られるマイレージ・プログラムを導入することでマーケットシェアの向上を目指した企業がありましたが、競合企業も同様のプログラムを始めたため、長期的にはシェア向上につながらないばかりではなく、業界全体の利益性を大きく損ねる結果となりました。
全体像のなかで要素のつながりとして考えないと、変化の方向を見誤ります。渋滞解消のために道路を拡張して走りやすくするという施策が採られます。ところが、道路の走りやすさは、どの道を走るか、どの街に住むかを選ぶ際の基準になっているので、道路が走りやすくなると、より多くの人や車が集まってきて、結局渋滞を引き起こします。
目の前の「渋滞」という問題解決に当たろうとするとき、このようなつながりをしばしば看過しがちですが、現実のシステムではつながっているのです。私たちはよく「予期せぬ結果」「副作用」が生じたと言いますが、私たちの思考にこのつながりの全体像が含まれていなかった、というだけのことなのです。
システムの特徴:直感に反する反応を示す「よかれと思ってしたことが・・・」
要素間の相互作用は、ときとして「システムの抵抗」として現れます。壁を押したときの反作用のように、押せば押すほど大きな抵抗が生じます。たとえば、健康のために低ニコチンタバコが開発されました。ところが、喫煙者は、低ニコチンを補うため、より多くのタバコを、肺の中に長く、深く吸いこむ吸い方になったため、かえって健康への害がひどくなりました。喫煙というシステムの中では、ニコチンなどの物質を欲する喫煙者の欲求がシステム全体の目的になっています。このシステムの目的が変わらないとき、どんなに強くシステムに働きかけても、システムの抵抗がその効果を打ち消してしまうのです。システムは、それぞれの目的や安定を求める特徴があるからです。
総じて、組織や社会といったシステムは、私たちの直感に反する反応を示します。たとえば、経済の成長こそ貧困の解消につながると、先進国も発展途上国も高い経済成長率を目指していますが、貧富の差は縮まるどころか拡大し続けています。私たちはものごとを解決するために、直感的に「もっと速く、もっとたくさん」という方向に押そうとしますが、その動きが、システムの中ではかえって進捗の足をひっぱることがよくあります。むしろ進む速度を落とすほうがより早く問題解決につながることもよくあるのです。
渋滞解決を例にとると、世界の先進的都市は道路を走りやすくするのではなく、逆に道幅を狭くしたり、段差を設けて走りにくくすることで、渋滞の解消に成功しています。
このように、システムは私たちの目に見える範囲を超え、複雑に絡み合っているため、私たちの直感や日常的な思考ではつかみきれないダイナミックで複雑な反応を示します。次回は、これらのシステムの特徴をふまえてのシステム思考の特徴とメリットを紹介します。

(5) 「システム思考の特徴とメリット(1)」

最大のメリット「新しいものの見方」を提供するシステム思考
社会や組織など私たちをとりまくシステムは、さまざまな要素がつながって、複雑に絡み合っており、常に変化しています。私たちが変化を起こそうとすると、しばしば予期せぬ結果や抵抗が起こります。では、そのようなシステムの中で、どのようにすれば望ましい変化を起こせるのでしょうか? システム思考は、まさにその問いに答えるために開発されました。
システム思考を学ぶ最大のメリットは、世の中のものごとを見る新しい視点が得られることです。そのことにより、状況や問題を大局的に把握し、関係者間の共通理解を促進し、バランスのとれた問題解決が可能となります。何回かに分けて、詳しく説明しましょう。
なぜ、新しい視点が必要なのでしょう?
私たちの考える「世の中」は、必ずしも真実の「世の中」ではありません。私たちは、まるで各人それぞれのメガネをかけているかのように、それぞれの世界観(システム思考では「メンタル・モデル」と呼びます)を通して「世の中」を見ています。「幽霊の 正体見たり 枯れ尾花」という川柳に表れているように、私たちのメンタル・モデルは、期待や恐怖、今までの経験・知識、先入観などに大きな影響を受けており、私たちはそのメンタル・モデルで解釈したものを「世の中」であるととらえています。
たとえば、1990年代初頭にアメリカ自動車市場に「スーパーストア」と呼ばれる中古車流通の大きな全国販売網が出現しました。このとき、GMなど自動車メーカーのビッグ3は中古車販売店をとるに足らないものと考えていました。それまでの常識では、中古車は古く性能も低いために、中古車市場は、新車を買う顧客層とはまったく違うセグメントの市場と考えられていたからです。
言い換えれば、自動車メーカーの経営者のメンタル・モデルでは、中古車の市場は新しい自動車を販売するメーカー・販売店にとっての「世の中」の境界の外に置かれていたのです。しかし、そのことが後になって経営者の予想もしなかった脅威につながっていきます。私たちがどのようなメンタル・モデルを構成しようとも、現実のシステムはそれとは違っていることがままあるのです。
スーパーストアの出現がどのような影響を与えるのかを理解しようとしたGMの経営陣は1995年に「システム思考家」(Systems thinker)にアドバイスを求めました。システム思考家は、経営陣のインタビューをして経営陣のメンタル・モデルを明らかにするとともに、その思考と現実に起こっていることとのギャップを明らかにしました。
システム思考の診断から、現実の世界では、新車の販売促進のため買い替え需要を喚起するリース販売戦略が、中古車市場へまだ新しく性能の高い「新古車」の大量供給と大きく結びついていたことがわかりました。つまり、新車の買い替えが早く、たくさん起これば起こるほど、中古車の品揃えや品質は充実し、それが今まで新車だけを選んでいた消費者にとってとても魅力的な選択肢を作り出していたのです。このつながりを見逃していた大手自動車メーカーは、その後の中古車スーパーストアの躍進を看過するばかりか、その成長を助けるような販売促進策を取り続けていたのでした。
視野を広げ、私たち自身の"思い込み"を明らかにするシステム思考
このように、システム思考のツールを用いると、私たち自身のメンタル・モデルを明らかにすることができます。目に見えるようにすることで、私たちが無意識にどのような「境界」線を引いているか、要素と要素の結びつきをどのように考えているかが明らかになります。ひとたび自分自身のメンタル・モデルが明らかになると、現実の「世の中」や自分たち以外の関係者の思考との比較もできるようになり、また、自分の視野をもっと広げることもできます。
私たちが学校や職場で培ってきた思考法は、システムの複雑さを理解するのに適したメンタル・モデルを提供してくれません。ある人は、目の前の問題解決策に直感で飛びついてしまうでしょう。
またある人は、ものごとを切り分けて見る―つまり「分析」して、問題に対処しようとします。それ自体はとても大切なことです。しかし、複雑な要素を細かく分けて整理して、問題の原因や対策、手段の一部を切り出し、「問題はこうだから、こうすれば解決される」と考えて取り組んでも、その行動が市場や組織に与える影響はそれほど単純ではありません。私たちのメンタル・モデルでは思いもよらないことが起こるのです。
システム思考を習得して、大局的なものの見方を手に入れよう
システム思考を学ぶ大きなメリットは、複雑なシステムを大局的に把握するものの見方を習得できることです。システム思考の視点を持つと、丘の上から眼下の地形を眺めるように、問題の全体像やつながりを見渡すことができます。そこで、目の前のことに飛びつかず、まず立ち止まることができます。現在の自分のメンタル・モデルや分析的思考の弱点を認識することができ、そしてより重要なことには、状況や「世の中」に効果的な変化を創り出すことができるチャンスを見出すことができるのです。

(6) 「システム思考の特徴とメリット(2)」

共通理解を深めるコミュニケーション・ツールとして有用
前回は、社会や組織などの複雑なシステムの中で生きる私たちがシステム思考を学ぶメリットのひとつとして、状況や問題を大局的に把握できることを挙げ、事例を紹介しました。システム思考を学ぶメリットはほかにも数多くあります。今回はメリットのひとつであるコミュニケーションの側面を見てみましょう。
システム思考は、立場や役割の異なるさまざまな関係者に対して、新たな共通言語を提供してくれます。私たちがふだん使っている言葉は、複雑に絡み合うシステムを描写するのには向いていません。
しかし、システム思考では、シンプルなグラフやチャートをツールとして活用します。これらのツールは、メモ帳や白板などに簡単に書くことができ、また誰にでも視覚的にわかりやすいのが特徴です。
こういったコミュニケーション・ツールを用いることによって、問題の原因やつながりを組織内外の人たちにわかりやすく伝えることができます。システム思考を用いたディスカションやファシリテーションによって、部門や組織内外の共通理解を深めることができるのです。
マネジメントと作業員、コミュニケーションを促進した結果のコスト削減総額は・・!
ジョン・スターマンは著書の中で、システム思考がコミュニケーションに活かされた事例を紹介しています。化学メーカー大手のデュポン社は、1990年代初頭、工場の設備メンテナンスに関する問題を抱えていました。化学業界のベスト・プラクティスに比べ、デュポンの工場では生産高あたりのメンテナンス・コストが10-30%高いにもかかわらず、設備の稼働時間比率は10-15%も低かったのです。
多くのマネジャーは競争や経済などの外部に原因があると考えました。しかし、アメリカのある地域の責任者は、「システム内部にも問題があるのではないだろうか? システム内部の問題であれば、変えることができる!」と考え、システム思考の専門家に問題の診断と処方を依頼しました。
システム思考の専門家は、工場のマネジャーや現場の社員たちとともに何度もワークショップを行いながら、工場でのメンテナンスがどのような前提や思考のもとに行われているか、そしてその思考がどのような結果につながっているかを話し合いました。
その結果、問題の根幹が明らかになってきました。整備作業員が、生産ラインで稼動している設備の故障という差し迫った問題の火消しに追われ、定期的な予防保守に時間をかけられない状況になっていたのです。いわば、「応急処置に追われ、根治に着手できない」という状況です。
よくある問題ではありますが、だからといって簡単に解決できる問題ではありませんでした。みな「予防保守が大事」とよくわかっているにもかかわらず、実施できていなかったのです。しかし、ここでシステム思考を使ったコミュニケーションが大いに役に立ちます。
システム思考のツールを用いることによって、「整備作業員はなぜ予防保守に時間をかけられないか」に、実は数多くの要因が絡んでいることが明らかになってきました。競争環境などからくるコスト削減のプレッシャーによって、部品や設備のデザインや質が低下し、整備作業の質や生産性も低下し、それによってさらに故障が増えます。そうすると、予防保守にかけられる時間が減ってしまいます。
予防保守が行われないため、故障率が高くなって設備稼働率が低下し、納期遅れによって売上が減少するため、利益を確保しようとしてメンテナンス予算を削減することがさらにコスト削減のプレッシャーに拍車をかけます。そして二十年余にも及ぶ強いコスト削減プレッシャーとの悪循環の結果、「設備が故障したときにいち早く直すことこそが整備の重要な仕事だ」という、故障に対して受身の組織風土が根付いていたのです。
システム思考の専門家の助けを借りながら問題の全体像を把握したマネジメントと整備作業員は、新しい予防保守のプログラムに着手しました。その鍵は、マネジメントおよび現場の「コスト削減」を大前提とする考え方からどうやって脱却するか、にありました。特に、設備修理の仕事はすぐにはなくならないため、予防保守に力を入れると、しばらくの間は稼働率が下がり、コストも上昇してしまいます。だからといって、そこでプログラムをやめてしまっては、長期的には成果が出ません。
プログラムの実施に当たっては、実際に各工場でかかわる人たちが、問題を起こすシステム構造を認識し、これまでどおりの施策を続ける場合と予防保全に力点を置く場合で、どのように違いが生じるかを理解することが重要な鍵を握っていました。
そこで、そういった学びを促すために、ロール・プレイによるシミュレーション・ゲームを開発して、計1200人を対象に2日間に及ぶワークショップを実施しました。これは、組織の学習能力を高めるツールとしてもシステム思考が活用されている好例です。
デュポン全社の中で、システム思考による改善プログラムを取り入れた工場は目覚しい成果をあげました。当初数ヶ月は予測どおりコストが上昇しましたが、その後は、あらゆる指標が改善に向かいます。導入工場の主要な装置の信頼性は飛躍的に高まり、ほかの同規模の工場のメンテナンス・コストが平均で7%上がったのに対し、導入工場のコストを平均で20%削減したのです。システム思考による改善プログラムを導入した工場でのコスト削減総額は、年間で400億円以上になりました。
関係者間のコミュニケーションを円滑にし、本質的な問題解決を促進
システム思考では、問題の原因はシステムの構造にあると考え、けっして「誰か」を責めません。構造が変わらなければ、誰がその立場にいても、どのような介入をおこなっても、また同じ問題が起こると考えます。この「人を責めず、問題の構造に迫る」考え方が、関係者間のコミュニケーションを円滑にし、本質的な問題解決を促進してくれるのです。
このように、システム思考はコミュニケーション・ツールとしても大いに役立ちます。「同床異夢」といわれるように、私たちは、同じ言葉で話していても違った前提をもっていることがよくありますが、システム思考という共通言語によって、それぞれの人の現状把握や解決策に関する考え方の違いを明らかにし、相互理解を深めることができます。
このプロセスは、多様性を最大限に活用して組織の創造性を高めるうえで重要な役割を果たします。システム思考は、部門内外、マネジメントチームあるいは組織外のステークホルダーとのコミュニケーションなどでも大きな威力を発揮するのです。


(7) 「システムの構造」

2種類の「ループ」
システムには、変化を作り出す構造があります。システム構造のもととなっている基本単位は「ループ」と呼ばれる要素のつながりです。世の中にはさまざまな要素がありますが、そのなかにはある要素が別の要素に影響を与えるというつながりを持っているものがあります。
影響を受けた要素がまた別の要素に影響を与え......というつながりがめぐりめぐって、最初の要素に影響を与える、いってみれば「影響を与え、与えられるつながりの輪」がループです。世の中の動きは大変に複雑ですが、そのシステム構造の基本単位であるループは、実は2種類しかありません。つまり、2種類の基本単位をしっかり理解すれば、その組み合わせとして、一見複雑そうにみえる状況や問題も、解きほぐすことができます。
「自己強化型ループ」
ループの種類のひとつは、「自己強化型ループ」といわれるものです。 「○○がますます増える」「××がますます減る」と言ったときには、この自己強化型のループが存在しています。「どんどん」「ますます」という言葉で表されるようなある一定方向へ向かって増えたり減ったりする動きを作り出します。
たとえば、銀行に1万円を預けたとしましょう。年に7%の複利を受け取って元本に組み込んでいくことにすると、1年目の末には、10,000円の7%で700円が追加されます。2年目の利息は、10,700円に対する7%なので749円となり、2年目の末の合計額は11,449円となります。次の1年の利息は801円、合計額は12,250円となり、10年目の末時点での合計額は19,672円というように、預金は加速度に増えます。毎年すでにある額に追加されていくことになりますが、その追加の割合じたいは年7%と定率でも、口座残高が増えるので、追加される絶対額は増えていくのです。これが自己強化型ループの一例です。
ほかにも、人口の増加も自己強化型ループです。「ねずみ算」という言葉があるように、生物の数の増加なども、構造としては自己強化型ループです。
「バランス型ループ」
もうひとつのループは、「バランス型ループ」と呼ばれ、システムが安定する方向へ向けての変化をもたらす構造です。サーモスタットループはその典型例です。その目的は、「室温」と呼ばれるシステム状態を望ましいレベルでほぼ一定に保つことです。目標値(サーモスタットの設定)、目標値からのずれを検知する自動調節装置(サーモスタット)、反応メカニズム(エアコンや扇風機など)という要素を持つバランス型ループを用いることで、この目的を達成します。
ほかにも、ヒトや動物が体温を維持するために汗をかいたりして体温を調整するしくみもバランス型ループです。
先ほども書いたように、システムの変化は、この2つの構造の組み合わせによって引き起こされます。実際のさまざまな変化は、いくつものループが複雑に絡み合って引き起こされますが、基本単位であるループには2種類しかありません。システム思考はこのループを通して構造を理解しようとする思考法ですので、システム思考のワークショップ参加者からも「複雑な物事や状況をシンプルに理解できる」とよく言われます。(私たちもそう思います!)
ループとして考えることで、繰り返し起こる現象における"真の原因"に迫る
ひとつだけ、補足をしておきましょう。たとえば、何かが「どんどん」増えていったとき、そこには必ず自己強化型ループがあるのでしょうか? 
「どんどん」増える理由には二つあります。ひとつは、それ自身が自己増殖するものが自己強化型ループの構造にある場合です。さきほどの人口増加を含め、バクテリアから人間まで、生き物はすべて、この例に当てはまります。また、人口だけではなく、経済も工業資本(機械や工場など)もそうです。複利で増える銀行口座の例もそうですし、黒字の企業は投資資金が得られるので、さらに事業を拡大することができます。
「どんどん」増えるもう一つの理由は、どんどん増加する別の何かに突き動かされて成長する場合です。たとえば、食糧生産量や資源消費量、汚染排出量なども、人口や経済と同じように「どんどん」増える傾向がありますが、この場合はそれ自体が増えるからではありません。(生産される食糧が、さらなる食糧を生産するわけではありませんし、汚染が自ら汚染を増やすわけでもありません!)
これは、人口が増えたり生産資本が増えることによって、食糧量や資源消費量、汚染などが増える、ということです。つまり、食糧生産量や物質の消費量、エネルギーの消費量が、加速度的に増加しているのは、それ自体が増えているからではなく、加速的に増加している人口や経済が必要としているから増えてきているのですね。現在、地球の限界を超えるほど資源消費量や汚染物質などが増えていますが、それ自体が問題視すべき原因ではなく、そのおおもとの原動力となっている人口と工業資本の加速的な成長こそが原因であることがわかります。
ここでは環境の側面を例に取りましたが、このように「単に増えている」という現象面だけではなく、その構造を要素のつながりやループとして考えることによって、その真の原因に迫ることができるのです。


(8) 「システム思考の基本的な考え方(氷山モデル)」

望ましい変化を作り出していくために、システム構造をどのように見ていけばよいのでしょうか? システム思考の基本的な考え方とアプローチをご紹介しましょう。
私たちは、「社員に改善提案を出せと言ったのに、ほとんど出てこない」「売上が落ちた」
「またクレームが来た」といったできごとに一喜一憂し、すぐに「売上を上げるために何をしたらよいか」という対策や解決策を考えようとします。ここで「なんとかしなくては!」と思っている問題は、氷山にたとえると、海水面の上に見ている部分であり、それぞればらばらの「できごと」です。このレベルで考えても、事後的に「反応」しているだけで効果的な変化は起こせません。

氷山モデル
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氷山と同じく、水面上に見えているできごとは、全体のほんの一部であって、その下にもっと大きなものがあります。すぐ下にあるのは、「経時パターン」です。表面に見えているできごとを過去にさかのぼって考えてみると、「いつも販促キャンペーンの二ヶ月後に売上が落ちている」といったパターンが見えてきます。そして、このまま同じやり方をしているとどうなるか、というパターンも考えることができます。
たとえば、売上が落ちるたびに、販促キャンペーンをしても、その少しあとに結局売上は落ちてしまうだろう」といった具合です。このパターンがわかったとき、たとえば売上のパターンに応じて受注や発送の人員体制を配置するなど「適応」が可能になります。しかし、本質的には経時パターンそのものを変えなくてはいけません。
このような経時パターンはなぜ生じるのでしょうか? 経時パターンを生み出すのが、氷山でいうと、さらにその下にある「構造」です。システムの構造が経時パターンを作っているのです。たとえば、この例で言えば、「販促キャンペーンは、販売店が在庫をつみますことで将来の売上げを先取りはするが、最終消費量そのものは増えず、その反動で、その後の注文が入らなくなる」といった構造があるのかもしれません。このレベルに掘り下げると、構造のどこに働きかければ望ましいパターンを生み出せるかが考え、変化を「創造」することが可能になります。
そして、さらに深いレベルには、そのシステム構造の前提となっているいろいろな意識・無意識レベルの前提や価値観があります。この例でいえば、販売員の間で「後先のことを考えずに、自分の目の前のノルマを達成できればよい」と意識または無意識レベルで思っているのかもしれません。こういった意識レベルに働きかければ、自律的に学習し、つねによりよいパターンへの変化を創り出す個人や組織を作り上げることも可能です。
『地球のなおし方』(デニス・メドウズ・ドネラ・メドウズ+枝廣淳子著、ダイヤモンド社)で紹介している例を引用しましょう。
アメリカのニューイングランド地方の森林の話を、この見方で考えてみましょう。この森林地帯には製材所がたくさんあり、木を切って木材を作っています。ところが、森に木がなくなってしまって、製材所はみんな封鎖され、破綻してしまいました。「困った」とみんな言っています。これは「木がなくなって製材所が破綻した」というできごとです。
ところでこれまではどうだったのだろう?とニューイングランドの製材所数のグラフを見てみると、波形になっていることがわかりました。あるとき急に増えるのですが、ある時期たつと、急に減っているのです。三〇年くらいたつとまた増えてきます。そして、また減ります。ここから、単独のできごとの背後にある行動パターンがわかってきます。今製材所が「困った、困った」といっているできごとは、このパターンが表面化したものであって、これまでも同じようなことはよくあったのです。
では、なぜそのような行動パターンがあるのか?と考えてみると、構造がわかってきます。この問題の構造は、このようなことでした。ニューイングランド地域では、製材所を作って木材を生産しますが、たくさんの製材所ができるので、その地域で伐採できる量よりも多くの木材が必要となり、どんどん木を切ってしまうため、ある期間たつと、森林がなくなってしまいます。すると、木材という原材料がなくなってしまうため、製材所は閉鎖されます。製材所が閉鎖されて、木が伐られなくなって何十年かたつと、森林がまた自然に回復してきます。五〇年くらいたつと前のように戻ります。すると「森林があるじゃないか」とまた製材所がたくさん建ちます。そして、また切りすぎて、森がなくなる......このパターンをずっと繰り返している構造がわかります。
そして、この構造をもたらしているのは、おそらく「あればあるだけ取ればいい」という意識・無意識の前提でしょう。「あればあるだけ取りたい」――だからこのような構造になって、このような行動パターンを生み出して、たまたま今目の前で起こっているできごとをもたらしていることが分かります。
システム思考は、目の前にあるできごとを単体で捉えるのではなくて、その奥にある経時パターンや構造、そしてその前提となっている意識や無意識の考え方や価値観を見て、最も効果的な働きかけをしようというアプローチです。
個々のできごとは、あるパターンのスナップショットといえます。そして、システム思考では、時間的な視野を広げそのパターン全体を見て、さらにそのパターンを生み出している構造へと視野を広げていくことになります。そのためのツールも追ってご紹介していきます。








システム思考のツール

出典: https://www.change-agent.jp/systemsthinking/tools/index.html

システム思考のツール

システム思考で対象にするシステムは、国際社会・国・地域、市場・業界・企業、大小様々な組織、職場や家族の人間関係、多様な個人などを対象とします。そこには複数の要素や、関係者毎のさまざまな見える範囲、立場などがあるために、ものごとの理解も一様ではなく、互いに食い違ったり矛盾したりすることもしばしばです。
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こうした複雑性を理解するために、システム思考では物事をありのままに見て、また、さまざまな要素がどのようにつながっているかを見える化し、関係者間で話し合えるようにさまざまな見える化ツールを活用します。
こうしたツールを用いて、自分や自分たちの考えを整理し、また、他者の見方と比べたり、あわせ見たりすることでシステムに関するさまざまな側面への理解を広げていきます。
これらのツールは、しばしば自分たちのものの見方の不完全な側面や言行が一致しない側面に気づき、内省するきっかけを与えると共に、現実のシステムの中でどのような要素をつなげ、組み合わせる機会があるかを指し示してくれます。
また、個人の心理や組織風土、行動レベルの課題であれば、定性的なシステム思考ツールで十分役に立ちます。一方、投資や予算が大規模となるような案件では、定量的な分析を組み合わせて活用していきます。
システム思考のツールの習得は、課題の規模や難易度にもよりますが、基本・中級ツールは数週間から数ヶ月、上級ツールは数年のトレーニングを要します。

時系列変化パターングラフ(BOT)

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システムの主要な要素(目標とするアウトプット、インプット、活動量、資本・資源、影響など)の過去から現在、未来までのパターンを折れ線グラフで描きます。中でも関心の高い要素に関しては、未来に向かって「望ましいパターン」「このままのパターン」など複数のパターンを描きます。定量的な分析を行う際には、ループ図などのシステム図と相互に行き来しながら、量的なレベルについての検討に活用します。
 
英語ではBehavior Over Time といい、BOTと略して呼ばれています。

ループ図(CLD)

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「今までのパターン」「このままのパターン」がなぜ起こるかについて、システムの主要な要素及びそれらに影響を与える要素、影響を受ける要素を列挙し、要素間の因果関係を矢印で結びながら、要素間の相互作用(フィードバックループ)を見出すためのツールです。今起きているパターンを説明し、関係者が納得できるループ図を描いたら、対話によって理解を深め、効果的な働きかけを探るためにも用います。
 
英語ではCausal Loop Diagram といい、CLDと略して呼ばれています。

システム原型(Systems Archetype)

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システム原型は、分野を超えて共通してよく見られる問題構造の典型的な「型」を示すものです。複雑なループ図を描く最初の段階で、起こっているパターンやストーリーからどのようなフィードバックループが絡んでいるのかの見立てを行う際に使います。また、『学習する組織』では、ループ図を用いずとも、この見立てツールを使って、関係者間の内省や対話を促す目的で活用しています。
 
英語では、Systems Archetypeといいます。

ストック&フロー(Stocks & Flows

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システムの中で蓄積する要素(ストック)と、その蓄積を決定する要素(フロー)の構造は、フィードバックループと並んでシステムのダイナミクスを理解する上で重要な役割を果たします。さまざまな要素間で、このストックやフローを共有したり、その連鎖の一部となっていることで、互いに影響を与え合うことがしばしばです。中級レベルでは、ストックとフローを理解し、他の要素とかき分けたり、ストックとフローの適切な境界を再設定することで効果的な働きかけを見出します。成長の限界をつくる供給源や吸収源もまた、ストックの一種です。
 
英語ではStocks & Flows といいます。

システム・ダイナミクス・モデリング(System Dynamics Modeling)

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システム思考にはさまざまな流派がある中で、システム・ダイナミクス学派のシステム思考は政策分析や企業戦略、組織開発などにおいてもっとも活用されていると言えるでしょう。前述のストック&フローやフィードバックループなどが絡み合い、それぞれの関係性を定量的に把握したシステム・ダイナミクス・モデルを構築することで、今まで起きた変化の機序を定量的に把握すると共に、さまざまな政策・施策がどのような結果やインパクトにつながるかについて中長期の時間軸でシミュレーションを行うツールです。
 
英語ではSystem Dynamics Modeling といいます。

レバレッジ・ポイント(Leverage Points)

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日本語に訳すと、「てこの力点」を意味し、小さな力で大きな成果を生み出せる介入点のことを指します。問題構造のツボと言ってもよいでしょう。実際には。政策や戦略の議論において私たちは、しばしばレバレッジのないポイントで議論を重ねたり、資源を投入していることがありがちです。しかし、複雑なシステムのレバレッジ・ポイントがどこにあるかはシステムの機序について相当の理解を重ねないとぱっと見ただけではわかりません。魔法の杖にはなりませんが、経験あるシステム思考家は、順序立てたレバレッジのありうるポイントでそれぞれ見立てをし、可能性の強い分野で関係者たちと対話を重ねたり、現場で観察・実験を繰り返すことでレバレッジ・ポイントを見出していきます。