SDGs(エスディージーズ)。Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)の略称で、自分の子どもや孫、その先の世代が安心して暮らせる世界の実現を目指して、国連が17の目標を決めました。世界の企業や投資家を巻き込んだ活動が活発になっています。「社会貢献なんてきれい事」との冷めた見方はありますが、本気になって取り組む人たちがいます。SDGs起業家たちを紹介します。
■出典: https://www.nikkei.com/article/DGXMZO56316300T00C20A3EE1000/
人生を変える小口融資 100万円に救われた青年の起業
SDGs起業家たち(1)
SDGs(エスディージーズ)という単語やマークを一度ならず目にしたり、耳にしたりしたことがあるだろう。Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)の略称で、国連が2015年に設定した。自分の子どもや孫、その先の世代が安心して暮らせる世界の実現を目指して、国連は17の目標を決めた。世界の企業や投資家を巻き込んだ活動が活発になっている。「社会貢献なんてきれい事」との冷めた見方があるのは事実だが、本気になって取り組む人たちがいる。SDGsビジネスの起業家たちを紹介しよう。
昨年1年間で飛行機に乗ったのは延べ150回。2月のある週は、深夜便で東京からバンコクに飛び、スリランカで会議。次はカンボジアに移動して現地経営陣とミーティングをこなした。そして、ミャンマーに飛んで現地従業員20人を前に課題解決のトレーニングを開いた。もともと飛行機は苦手だったが「最近は少し寝られるようになった」。座席はいつもエコノミーだ。
慎泰俊(シン・テジュン)が社長を務める五常・アンド・カンパニー。日本に本拠地を構えながら、カンボジア・スリランカ・ミャンマー・インドで、貧困層に少額のお金を融資する「マイクロファイナンス」を提供する会社だ。
マイクロファイナンスは金融口座を持てず、高利貸ししか頼れなかった途上国の貧しい人たちに生活向上の機会を提供する。顧客の多くは女性だ。衣服を手縫いで作っていた人はミシンを購入して生産性を何倍にもすることができる。商店を開いている人は幅広い商品を仕入れることでより多くの顧客を開拓できる。
各国社員を集め東京で開いた経営会議=五常・アンド・カンパニー提供
■民間版「世界銀行」をつくる
アジア各国のマイクロファイナンス機関に出資して子会社化し、それぞれの企業の経営力を強化する。業界最低水準の金利を目指し、より安く使いやすいサービスを途上国の人々に届ける。この5年間で顧客数は50万人、融資残高は300億円を超すまで成長した。17年度以降は連結黒字になっている。
「誰もが自分で自分の未来を決めることができる世界をつくる」。慎の目標は民間版の世界銀行をつくることだ。今後、アフリカや南米にも事業を広げ、2030年までに50カ国1億人にサービスを届けることを目指す。
世界人口73億人のうち、金融機関に口座を持たない人は25億人以上にのぼるとの試算もある。マイクロファイナンスは金融アクセスが難しい人たちに生活向上の機会をつくる。慎のビジネスはSDGsの1番目の目標「貧困をなくす」に通じる。もちろん、慎のビジネスだけで貧困問題を解決できるわけではないが、慎は本気だ。
慎がマイクロファイナンスに携わるきっかけは2007年。米経済学者ジェフリー・サックスが書いた「貧困の終焉」に触発され、ブログで有志を募り勉強会を発足した。この勉強会はNPO法人「Living in Peace」に発展し、日本の投資家のお金をカンボジアに届ける、国内初のマイクロファイナンスファンドにつながった。慎はこの分野で起業すると決め、2014年に五常・アンド・カンパニーを立ち上げた。
モルガン・スタンレー・キャピタル、ユニゾン・キャピタルを経て起業した
■お金の力を痛感
必要な時に必要なお金を借りることができる。その大切さは慎自身がよく理解している。
朝鮮学校の教師を務める父の元に生まれ育った。朝鮮大学校を卒業した後、ファイナンスを学ぶため早稲田大学の大学院を目指し合格した。入学に必要なお金は家にはなかった。
父は在日コリアン社会で尊敬される存在である一方、自分や身内のために他人に頼み事をしなかった。しかし、父は家に帰り、100万円が入った封筒をポケットから出した。慎のためにどこかで頭を下げ、工面したお金だった。慎は進学した大学院の在学中にモルガン・スタンレー・キャピタルに入り、その後ユニゾン・キャピタルで働く。その100万円がなければ、金融のプロとして活躍する今の慎の人生はなかった。
マイクロファイナンスの借り手を集めたミャンマーの集会=五常・アンド・カンパニー提供
日本国籍のない慎は日本のパスポートを持っていない。今年1月にダボス会議のために訪れたスイスでは入国審査に1時間かかった。日本国籍を持てばパスポートを巡る手間が省ける。それでも「人それぞれ持つハンディも、決意さえあれば乗り越えられると身をもって示したい」と、今のところ日本国籍を取るつもりはない。
それでも今までの人生は「なんで自分だけこんな境遇なんだ」と思うことの連続だったと慎は語る。家は裕福ではなかった。通っていた朝鮮中高級学校では生徒会長に選ばれた。素行に問題のある生徒とも向き合い、理不尽な上下関係、使いっ走り、カツアゲの悪習をやめさせようと努力した。金融を通じ、世界の誰もに機会の平等を届けたいとの思いは、たくさんの理不尽を乗り越えてきた慎の歩んだ道そのものにある。
ミャンマーでマイクロファイナンスの融資先と握手する慎社長=五常・アンド・カンパニー提供
会社は順調に事業を拡大しているが、曲折があった。最初に集めたチームは創業前に行き詰まり、解散を余儀なくされた。会計のプロやベンチャー経験者などが参加したが、意見対立を乗り越えられなかった。「経営者としての未熟さだった」。3カ月、1人で事業計画を練り直す中で「自分だけでは何もできない」と痛感し、新たなチームを再起動した。
五常は本社で20人の社員が働く。この1年でメンバーは2倍になった。途上国のマイクロファイナンスを手掛ける唯一無二の会社として、様々な経験を持つ人材が集まる。昨年夏に入社した高橋孝郎もその一人だ。直前まで世界銀行グループに勤め、開発金融の最前線で活躍してきた。
世銀では各国のベンチャー向け投資に関わり「起業家たちが情熱を持って社会課題に取り組むのを見てきた」。意思決定に時間がかかり、自分の関わる範囲が限られる大組織の仕事に物足りなさを感じるようになった。「今はスタートアップらしく、毎日やることが変わり、自分次第で組織も大きく変わる」。そんな日々に刺激を受ける。
「金融に携わる人間には規律が必要だ。彼はその規律がある」。五常に出資する一人、コールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)日本法人の社長・会長を務めた蓑田秀策は慎についてそう語る。「志を持って事業をする。そこが最近の起業家と違う」
■年収600万円 報酬には興味なし
社長としての年収は600万円。社内では慎よりも高い賃金の社員も多い。「何のために仕事をしているか明確にしたい」と、自分の報酬には特に興味を示さない。五常は資金調達のため2023年に株式上場を目指すが、慎が持つ株は創業後200カ月売却しないとしている。上場してもすぐに巨万の富を手にするわけではない。昨年慎が買ったものはノートパソコンと仕事に使うジャケット程度。会社に近い25平方メートル、築40年のマンションに暮らす。
モルガン・スタンレー・キャピタルで働く時から、ハードワーカーであるとともに、休日にはNPOを主宰し、常に社会を変えることを考えてきた。五常という社名の由来は、江戸時代の二宮尊徳が作った信用組合「五常講」にある。「経済なき道徳はたわ言であり、道徳なき経済は犯罪である」。慎はそんな思想を残した二宮尊徳の意思を引き継ぎ、日々の仕事を積み重ねていけば、世界の理不尽を金融で無くすことができると信じている。
=敬称略、続く
(松尾洋平)
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