2020年3月8日日曜日

SDGs起業家たち(4)あなたの1万円投資が救う 途上国の金融弱者

■出典: https://www.nikkei.com/article/DGXMZO56320100T00C20A3EE1000/

あなたの1万円投資が救う 途上国の金融弱者 


SDGs起業家たち(4)

SDGs
 
SDGs起業家たち
 
経済
2020/3/8 2:03 (2020/3/12 2:00更新)
2840文字
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2019年7月、香港。若者による大規模デモが活発になっていた。街の喧噪(けんそう)をよそに会議室では、ベンチャー起業家にヒアリングしてまわる杉山智行(37)の姿があった。
「この調達方法であれば御社のキャッシュフローを改善できると思いますか」
「現在はまだ足元の商品ニーズを探っている段階なのが正直なところです」
成長が早い東南アジアでは数年後、どんなビジネスが成長しているかわからない。杉山は直接企業の状況を見て回り、次の貸付先開拓の芽を探っている。
■投資は1口1万円から
アフリカの未電化地域へのソーラープロジェクト、メキシコの女性達の経済的自立支援、ペルーのマルシェの活性化――。国連が掲げる「持続可能な開発目標(SDGs)」への関心が高まるなか、個人がこうした事業に1口1万円から投資できる仕組みがある。杉山が創業したクラウドクレジットは、日本の投資家から集めたお金を途上国の事業に融資する「ソーシャルレンディング(貸し付け)」を手掛ける。
「世界をつなぐ金融」。クラウドクレジットが掲げるミッションだ。銀行融資では新興国の人口の20%にしかアクセスできないとされている。一方、経済発展が続く途上国では旺盛な中間層の資金需要に対応しきれない。「ソニーやアップルに貸しているだけでは社会はまわらない」。寄付ではなくリスクを負って高いリターンを求める投資を通じ、世界中の富の偏在を解消しお金の流れをつくる「第三の銀行」を目指している。
「世界をつなぐ金融」をミッションに掲げる
「世界をつなぐ金融」をミッションに掲げる
■金融工学に目覚める
「もともと起業家になりたかったわけではない。結果的に起業にたどり着いた」。そう話す通り、さまざまな巡り合わせが杉山を現在の道へと導いた。
高校生の頃は安全保障に興味があり、自衛隊を目指して防衛大学校を志望。だが高校3年生の1学期の終わりに校長から「生粋の自衛官よりも、例えば東大に入って人脈や知識を生かした新しい自衛官を目指したらどうか」と説得を受け、東大法学部に志望校を切り替えた。センター試験まで残り6カ月。高校2年生から理系クラスだったが、ポイントを絞って文系科目も猛勉強した。
合格して東大法学部に入るも、大学で目覚めたのは法律ではなく金融工学だった。大学4年生には金融工学を用いて保険商品の設計などをする「アクチュアリー(保険数理人)」の米国資格の初等試験に合格した。金融工学やトレーダー業務に関わる仕事を希望して、就職活動では外資系金融機関を中心に受けた。しかし、金融工学に詳しい法学部生という経歴が理解されず、うまくいかなかったという。
自らも現地に足を運び、新たなビジネスの種を探す
自らも現地に足を運び、新たなビジネスの種を探す
インターンシップへの参加をきっかけに当時の大和証券SMBCに入社した。最初はデリバティブの書類作成などの仕事だったが、数年後に社内ヘッジファンドで念願のトレーダーとして働くチャンスを得た。
だが、「恥ずかしながら『完敗』だった」。金融工学の知識でうまくいくほどマーケットは甘くなかった。理屈通りにいかないマーケットで勝つには、個人や企業、金融機関の間でどんな資金の循環がなされているのかを理解することが必要だと実感した。
転職も考えはじめ、海外リテール業務を扱うロイズ銀行東京支店(当時)に身を転じた。ロイズ銀行ではマーケットに関わる資金運用業務と、個人や中小企業の資金を管理する業務の両方に携わった。「想像以上に楽しかった」。個人や中小企業の資金需要の底堅さも肌で実感した。
今のクラウドクレジットのビジネスモデルの原型を思いついたのもこの頃だ。09年に東京支店のリテール預金事業の拡大を検討するプロジェクトがあった。杉山が提案したのは、国内で円預金を集め、資金需要が旺盛な海外で高い利率で貸し出すことだった。「世界をつなぐ金融を実現したい」との金融人としての夢もあった。
社員70人のうち15人がファンドを担当する
社員70人のうち15人がファンドを担当する
■海外銀行を経て起業
構想は実現しなかったが、一度芽生えた「世界をつなぐ金融」への思いは日に日に強くなる。「だったら自分でやってしまおうか」と創業を決意する。
起業後も順風満帆とはいかなかった。手痛い教訓として刻まれているのが、16年から組成したカメルーンファンドだ。累計12.7億円を投資し、元本の6億円は返済されたものの1.3億円は債務不履行、4.8億円に送金遅れが発生した。提携先の現地企業が取引量拡大に対応しきれず、審査が不明確になったり担保の回収が困難になったりする事案が続出したためだ。
「ふざけるな」「裏切られた」。中にはファンドの社会的意義やミッションに共感し、数千万円を投資した顧客もいた。杉山をはじめメンバーが謝罪してまわった。「社会貢献という枠組みで投資をするリスクや、体制を強化しないといけない」。カメルーンファンドの失敗は、ビジネスモデルを再構築する機会となった。
現地の提携先に任せていた審査や管理、回収業務も自社で手掛ける方向に転換した。現在70人の社員のうち、15人がファンドの担当者だ。以前よりもきめ細かく各ファンドや国の状況を把握することができるようにした。
海外のマイクロファイナンス機関と議論する様子
海外のマイクロファイナンス機関と議論する様子
■手に汗握らない投資を
クラウドクレジットでは日本の投資家から預かった資産を運用し成果を分配している。現在扱うファンドは40本超。うち13%程度がSDGsに関連する投資商品で、株式運用などと組み合わせた投資を勧めることで経済的リターンと社会的リターンの両方を追求するモデルを目指している。
現在扱う社会貢献型商品の一つが、メキシコの女性起業家支援ファンドだ。メキシコでは人口の半数にあたる約6000万人が預金口座を持っておらず、金融サービスが受けられない「金融弱者」だ。なかでも女性は土地や不動産の所有者でないために担保が無かったり、家庭を優先するとみなされ信用力が低かったりして、起業して生計を立てようとしても融資が受けられないケースも多い。地元の金融機関と組んで資金を提供し、自立支援や事業拡大に結びつける。
「手に汗を握らない投資をしよう」との言葉を掲げ、分散投資を促すセミナーなどの活動にも力を入れる。「事業への期待や共感で預けてもらえるのはありがたいことだが、扱っているのはあくまでもリスク商品。株式などへの投資と組み合わせて、一部を社会貢献型投資に預ける分散投資の方法を定着させていきたい」。SDGsの認知度が上がり、投資未経験者の割合も増加していることを受け、金融教育も大事だと感じている。
■会社設立から7年目、黒字転換の月も
会社設立から7年目を迎え、単月ベースで黒字転換する月も出始めた。現在社長として受け取っている役員報酬は年約600万円。ロイズ時代の半分以下で、市場調査などのために書籍を大量に購入するとクレジットカードの「リボ払い」をすることもある。高い報酬を得るのが目的ではないとはいえ、もう少し自身も社員の報酬も上げられたらとも思っている。
「運営側と投資家、どちらが欠けても世界をつなぐ金融は実現できない」。両輪の軸を太く育てながら、杉山はミッション実現に向けて今日も世界を飛び回る。
=敬称略、つづく
(佐藤初姫)

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