◆オンライン対談/脱炭素の潮流、問われる戦略

 ◇JERA取締役・上級副社長 ヘンドリック・ゴーデンカー氏
 ◇アクセンチュア再生可能エネルギー・グローバル統括 メリッサ・スターク氏
 脱炭素化の世界的なうねりが、エネルギー企業の在り方を変えようとしている。再生可能エネルギーへのシフトを加速し、新たな価値を創出する必要がある。アクセンチュアは、事業戦略の立案から、デジタル技術を活用した運用・保守の高度化まで一貫した支援を提供し、変革を後押しする。メリッサ・スターク・再生可能エネルギー・グローバル統括と、JERAのヘンドリック・ゴーデンカー取締役・上級副社長のオンライン対談を通じて、新時代の戦略を探った。(記事中の役職は2020年3月30日時点)

◆既存火力と再エネを融合/ビジネスの多様性広げる

アクセンチュア 再生可能エネルギー・グローバル統括 メリッサ・スターク氏
アクセンチュア 再生可能エネルギー・グローバル統括 メリッサ・スターク氏
JERA取締役・上級副社長 ヘンドリック・ゴーテンカー氏
JERA取締役・上級副社長 ヘンドリック・ゴーテンカー氏
 スターク氏「初めてお会いしたのは約5年前、JERA発足から間もない時だった。その後、上流開発・燃料調達から発電、電力・ガスの販売に至るまで一貫したバリューチェーンを構築した。いまや、国内外に7500万キロワットの発電資産を保有する世界最大級の発電事業会社であると同時に、19隻のLNG輸送船団を持つ燃料事業会社となった。次のステージの戦略は」

 ゴーデンカー氏「JERAは3段階のステップを踏んで東京電力フュエル&パワーと中部電力の既存事業を統合した。スタークさんと初めてお会いしたのは第1ステップの頃だった。その後4年がかりで燃料調達契約や発電所、燃料受入基地などのアセット(資産)を統合し、19年4月に完了した。並行して新しい企業文化、新しい技術、新しいガバナンスも構築してきた。それらを土台として、次のステージに向けて前進したい」
 「大事なことは、どの方向に進むのかを常に意識することだ。我々は、新しいグローバルで通用するエネルギー企業を創り出そうとしている。日本を拠点としながらもグローバルに認知され、トップレベルのパフォーマンスを上げる企業像を目指している」
 「そのため、株主である電力会社が長年培ってきた組織体制や仕事のやり方を変え、既存事業を合理的に統合し、バリューチェーン全体で付加価値を提供できる体制に再構築してきた。バリューチェーンを構成するアセットは、発電所や受入基地といった固定資産だけでなく、燃料の長期契約やO&M(運転・保守)のノウハウなど様々だ。それらを一括してマネジメントし、全体で最適化することが大事だ」
 「事業運営の根幹を成す従業員とも新しい関係を構築している。一人一人のキャリアパスに耳を傾け、より良い環境を作ることが企業の成長につながる。その上ではダイバーシティ・インクルージョン(D&I、人材の多様性と活用)の観点も重要だ。男女比率にとどまらず、例えば国籍など、様々な側面からダイバーシティを進めていきたい」

 スターク氏「事業戦略や人材戦略を最適化するにあたって、ダイバーシティは重要なポイントになる。例えば再生可能エネルギーにLNG火力を組み合わせるなど、既存の事業と新しい事業を融合すること自体がビジネスの多様化につながると思う。それはJERA固有のビジネスモデルといえ、業界の中でユニークな存在になっていくのではないか」

 ゴーデンカー氏「事業環境はかなりのスピードで変化している。JERAはそれに対応するだけではなく、変化を先取りすることも念頭に置いて変革を続けてきた。将来も、エネルギー企業の存在自体はなくならないが、その在り方は変わってくると早い段階から考え、先行きが不透明な中で試行錯誤を繰り返してきた」
 「我々の事業は固定資産がベース。課題は、それを活用していかにクリーンなエネルギーを提供するかだ。既にある程度は実現できる段階に来ていると考えている。事業を統合し、バリューチェーン全体の最適化を進めていく中で新しい技術やビジネスが生まれ、さらなる多様化につながる可能性がある。再生可能エネの中にも、太陽光や風力、水力など多くの選択肢がある。再生可能エネの競争力はますます高まっており、できるだけイノベーションのドアを開いて、改革を推進していきたい」
 「ただ、再生可能エネだけでは安定的な電力供給ができないため、LNG火力や蓄電池などのバックアップが必要だ。我々はLNGの活用についても責任を果たし続けていく。JERAの西名古屋火力発電所7号系列1号は、世界最高効率(低位発熱量基準で63.08%)のコンバインドサイクルとしてギネス世界記録認定を取得した。環境負荷の低減には、そのような貢献の仕方もある」

 スターク氏「脱炭素化に対する社会的ニーズは今後ますます高まっていく」

 ゴーデンカー氏「日本政府は50年までに温室効果ガスを80%削減する目標を掲げている。技術の進歩や規制の在り方など様々な不確定要素があり、今から明確な道筋を示すことは難しいが、即行動を起こすことは可能だ。今できることの一つは洋上風力をしっかり活用すること、もう一つは政府方針で示されている通り、効率の低い石炭火力をフェードアウトさせることだ。JERAとしても安定供給を確保しつつ、第一歩を踏み出したい」

 スターク氏「JERAは英国や台湾で洋上風力発電を積極的に手掛けている。どのような戦略で取り組んでいるのか」

 ゴーデンカー氏「洋上風力は、我々の電源ポートフォリオの中でもキーになる。先行する欧州などの影響を受け、日本国内でも開発が進みつつある。数年前まで再生可能エネは『貴重なもの』というイメージだった。欧州をみると、洋上風力は価格や供給安定性の面で次のステージに移った。これから本格化するアジア地域の開発余地は非常に大きく、国の支援もあって、投資しやすい環境にある。これは非常に大きなチャンスだ」

◆低コスト化進む洋上風力/デジタル化の利点大きく

JERAが2019年2月に参画した台湾初の商用洋上風力発電プロジェクト「フォルモサ1」
JERAが2019年2月に参画した台湾初の商用洋上風力発電プロジェクト「フォルモサ1」
 スターク氏「洋上風力のコスト削減は急速に進んでいる。英国では11年に千キロワット当たり150ポンドだった発電コストが、19年に入札された23~24年稼働予定のもので40ポンドになった。同時に、LCOE(Levelized Cost Electricity=平準化発電単価)に占めるオペレーションコストが40%になるなどコスト構造が変化してきた。これは、長寿命化や洋上風力に関するサプライチェーンの構築が進んだことに起因していることは明らかだ」
 「これから普及段階に入るアジア地域は欧州の先例を学んでおり、サプライチェーンの構築が円滑かつ迅速に進むかもしれない。そうすると開発コストは下がり、導入スピードも速まる。JERAはLNG火力や洋上風力などの建設・運用で様々な経験を積んできた。アジア地域の洋上風力開発に、その知見をどう生かすか」

 ゴーデンカー氏「グローバルで培った専門知識を持ち込み、アジア地域の洋上風力開発に役立てていきたい。我々が得意とするのは、様々なプレーヤーとのパートナーシップの構築だ」
 「これまで、LNGプロジェクトの開発やエネルギートレーディングなどの分野で、米国シェブロン、エクソンモービル、英国EDFトレーディングなどとパートナーシップを組んで、成果を上げてきた」
 「様々な企業と連携してサプライチェーンを構築することにかけては、最高の専門知識を持っていると自負している。さらに、トヨタ自動車の『カイゼン』を取り入れたO&Mの経験も豊富で、そのノウハウを洋上風力に生かせれば、運用コストの削減に効果的だと思う」
 「我々は日本国内でも洋上風力を手掛けていきたいと思っているが、日本に洋上風力を根づかせ、拡大していくためには、二つの課題がある。一つは、洋上風力で海域を利用する場合の入札制度について、もっと透明性を高めること、二つ目は、開発者が現地で許認可を得るための労力が大きすぎることである」
 「欧州でも、開発者が現地の利権調整を担う国はあったが、導入が立ち遅れた。その点、私の母国オランダは非常にうまくいった。洋上風力の建設・運用に必要な許認可を政府があらかじめ取得するため、民間企業の参入リスクが小さい。建設が進むとホテルやレストランができ、地元経済も活性化した。日本にとって洋上風力は貴重な天然資源の一つ。それを活用するため、こうした他国の経験を生かすべきだ」

 スターク氏「英国ではこの5年間で、洋上風力のLCOEのコストが約半分に低減した。これは遠隔操作と自動化の効果が大きい。このように、デジタル技術は非常に大きなメリットをもたらす。バリューチェーンの最適化に向け、今後どのように活用していくか」

 ゴーデンカー氏「デジタル技術の活用は非常に重要なテーマで、経営のレベルで合意ができている。電力に詳しいデータサイエンティストの力も借り、精力的に進めている。ただ、まだ初期段階であることは否めない。先進的な企業の事例を学んで、対応していきたい。他の電力会社も積極的に人工知能(AI)などを取り入れている」
 「デジタル化の一環として今年、我々のコアシステムをクラウドに移行した。様々なデータを一元化し、活用するための第一歩だ。一定の成果が出たら、取り込むデータの種類を増やし、その分析結果を基に、さらに最適化を進めるというサイクルを回したい」
 「我々はまずコアシステムから始めたが、洋上風力のO&Mや、電力系統の運用、再生可能エネルギーと蓄電池の制御など、様々なデータを分析することで有望なソリューションを考案できるかもしれない」

 スターク氏「再生可能エネと蓄電池の組み合わせについて話があった。蓄電池の事業化に向けて具体的な動きはあるか」

 ゴーデンカー氏「一例を挙げると、(19年2月に出資した)英蓄電池事業者のゼノベの協力も得て、蓄電池を多様なシーンに活用することを考えている。ほかにも、EV(電気自動車)充電スタンドの充放電管理なども有望なソリューションになるかもしれない。我々にとって蓄電池が、将来的に大切なビジネス要素になることは間違いない」

 スターク氏「日本の温室効果ガス削減目標の達成に向けて、JERAが踏み出した第一歩が大きなうねりになることを期待している。洋上風力を開発するモデルをつくり、アジア地域全体の脱炭素化にも貢献してほしい」

◆英国の洋上風力

 ◇競争力向上へ、保守の最適化が鍵
英国での洋上風力発電プロジェクトのライフサイクル
英国での洋上風力発電プロジェクトのライフサイクル
 英国は、2030年までに洋上風力発電を最大3千万キロワットに増やす目標を掲げている。既に、政府主導による開発海域の入札を00年から3回にわたって実施し、既に40のウインドファーム、約千キロワットの洋上風力が稼働している。電力を買い取る制度として導入された差額決済契約(CfD)は、契約期間(通常15年)の間、入札で決めた固定価格と市場価格の差額を政府が補填する仕組みだ。

 洋上風力の発電コストは着実に低下した。設計・建設から廃止までの総コストを操業年数で割ったLCOEは、12年に千キロワット当たり150ポンドだったが、17年には80ポンド以下に半減。最新の入札では、23~24年の供給分で39.65ポンド、24~25年の供給分で41.61ポンドという記録的な低入札になっており、デベロッパーとオペレーターが23~25年にこのレベルのLCOEを目指していることを意味している。

 コスト低下の背景にはタービンの大型化があり、当初の3千~4千キロワットからドッガーバンクで使用される1万2千キロワットに増加。より少ない基数でより多くの電力を供給することが可能になった。さらに、運用・保守コストの低減も加速している。状態監視・予知保全技術の設計段階での組み込み、トラブルシューティングの改善により、過去4年間で洋上施設へ行く回数が半減した。加えて、保全計画やロジスティクスの改善、デジタル技術によるプロセス自動化、保証期間後の契約の最適化、および保守資材のサプライチェーンの改善も進んでいる。

 設計段階から運用効率と保守性を考慮することは、今後ますます重要になる。運用段階は、ライフタイムの約70%、LCOEの約40%を占める。遠隔監視、ロボットやドローンの自律制御による定期的な検査プロセスの自動化など、さらなる保守の最適化を進められるかが競争力向上への鍵を握る。

◆賢明なピボット

 ◇変革迫る「5つのD」/中核事業と相乗効果を
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 急速なデジタル化の流れの中、企業は転換点を迎えている。業界を変える「ディスラプション(創造的破壊)」に立ち向かうため、迅速かつ積極的な行動と、継続的なイノベーションが求められている。

 だが、新規事業や事業転換は容易ではない。アクセンチュアが「賢明なピボット(事業転換)」と名付けたデジタル戦略は、既存の事業を捨てずに成長機会を追求するための道しるべとなる。

 戦略の出発点は、中核事業を強化すること。それによって新規事業に必要な投資能力を確保すると同時に、組織を挙げてイノベーションを推進できる体制を構築する。そこから優れたアイデアは外部の力を借りて早期にサービス化し、中核事業との相乗効果につなげるという流れだ。

 エネルギー業界は、自由化、脱炭素化、分散化、デジタル化、人口減少という「5つのD」を背景に変革を迫られており、火力・原子力発電、再生可能エネルギーの電源を跨いだ発電事業の改革や蓄電技術との統合など新たな変革の時期を迎えようとしている。