2020年4月30日木曜日

池上彰氏 地球への貢献 若者が主役に

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO58581540Y0A420C2M11700/

池上彰氏 地球への貢献 若者が主役に
2020年をSDGs教育元年に ムードに流されず意義を確認

2020/4/30付
1884文字
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若者たちはどのようにSDGs(持続可能な開発目標)を理解し、目標の達成につながる活動にかかわっていけばよいのだろうか。ジャーナリストで、大学教授として教壇にも立つ池上彰氏に聞いた。
ジャーナリストの池上彰氏
ジャーナリストの池上彰氏
――企業のSDGsに対する取り組みをどのようにみていますか。
「オフィス街でSDGsのシンボルバッジをつけた企業の関係者が増えたと感じています。SDGsは新たな成長へのキーワードですが、ブームになってはいないだろうかと危惧しています。ムードに流されず、改めてその意義を確認してほしいと思います」
「企業は2030年のゴールに向けて取り組みを点検し、必要に応じて見直していかなくてはなりません。社員一人一人が行動する意識を持つ改革が欠かせないでしょう。社員が胸を張って、『私はこんな活動をしている』と語れるかどうかが大事なのです」
――SDGsを達成する意義とは何でしょうか。
「SDGsは国連サミットで全会一致によって採択されました。国連の長い歴史でも異例なことです。命を守り、教育の機会を確保し、地球環境を守るという問題意識を共有した証でしょう。その背景には発展途上国を対象に取り組んだMDGs(ミレニアム開発目標)がうまく進まなかったという反省があるのです」
「『持続可能な開発のための2030アジェンダ』に注目したいキーワードがあります。『我々はこの共同の旅路に乗り出すにあたり、誰一人取り残さないことを誓う』。目標達成への道のりを『共同の旅路』にたとえています。国連の予測によれば世界人口は50年ごろには100億人に迫る見通しです。地球は大きな船のようなものです。その取り組みは30年だけがゴールではないのです」
立教大学は2011年8月から東日本大震災の被災地で持続可能社会のあり方を考える教育・研究活動に取り組んでいる。(18年、岩手県陸前高田市)=同大提供
立教大学は2011年8月から東日本大震災の被災地で持続可能社会のあり方を考える教育・研究活動に取り組んでいる。(18年、岩手県陸前高田市)=同大提供
――若者はどのように持続可能な世界の実現にかかわっていけるでしょうか。
「若者たちは将来、企業や研究機関などでSDGsを達成する重要な担い手になります。地球の未来を切り開くのは、これからを生きる若者たちや子どもたちの世代です。そのためにも教育の機会を広げていく必要があります」
「一部の大学では学生が東日本大震災の被災地を学んだり、SDGsの啓もう活動に取り組んだりしています。課題の解決策を考え抜き、議論することは、世界に視野を広げる貴重な機会になるでしょう。これは私にもいえることですが、大学もSDGsに取り組み、学生と一緒に行動することも大事だと思います」
「最近、小学生がSDGsを学ぶ書籍の編集にも携わりました。小学生は言葉の意味や狙いなど具体的に話せば理解することができました。地球や未来にもとても関心があります。家族が働く会社のSDGs活動を解説すれば、より身近な教材になります」
――SDGsを学び、考えるポイントは。
「新型コロナウイルス問題があり、しばらくは授業やフィールドワークにも配慮せざるをえないでしょう。混乱が収束した後に備えて、いまは学びを深め、知識を蓄える時期だと思います。関連書籍やインターネットで世界の活動を調べてみてはどうでしょうか。感染症問題こそ、国境を越えて世界がともに考えていく共通のテーマです」
「就職活動を迎える学生なら、働きたい企業のSDGs活動を調べてみてはどうでしょう。たとえば日本企業の取引先は世界に広がっています。海外の取引先が環境破壊や児童労働のような問題にかかわっていないかも見逃せない点です。企業はグローバルな責任が求められているのです」
――企業はどのようにSDGs教育にかかわっていけばよいでしょう。
「SDGsは企業の価値を示す新たな評価基準となります。ただし評価するのは取引先や投資家だけではありません。若者が企業の役割や魅力を考える物差しにすることも意識してください。たとえば『SDGs決算』のような指標をつくってはいかがでしょう」
「業種に関係なく企業が存在感を高めるチャンスです。豊富なアイデアや人材を生かし、若者とSDGsの課題を一緒に考え、学ぶ機会を設ける方法もあります。関連する省庁とも連携し、若者参加型のプロジェクトを立ち上げることもできるでしょう」
「SDGsに対する若者の関心も高まってきました。30年のゴールを目指して、20年を『SDGs教育元年』にするには、若者への協力や支援といった企業の役割が重みを増しているのではないでしょうか」



「良識ある資本主義」のススメ

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO58580730Y0A420C2M11400/

「良識ある資本主義」のススメ
問われる企業の持続可能性 利害関係者に配慮/共感できる事業を

2020/4/30付
2318文字
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資本主義が難局に直面している。世界で猛威を振るう新型コロナウイルスが突きつけたのは、個々の企業における「持続可能性(サステナビリティー)」の問題だ。株主利益ばかりを追い求める先に、その答えはない。将来に渡って、選ばれる存在の企業になるにはどうあるべきか。多様なステークホルダー(利害関係者)への配慮とバランスのなかで自らの価値を見つめ、努力を重ねる経営がかつてなく必要になっている。
英蘭日用品大手ユニリーバが、新型コロナの問題でとった対応が注目を集めている。取引先の資金繰りを助けるために支払期日の延長や収入補償を打ち出した。合わせて、世界の医療機関などに1億ユーロ(約120億円)相当の衛生関連の製品などの寄付を決めた。
ユニリーバは「持続可能性」を強く意識した経営を貫いてきた企業だ。今回の施策もまさにそうだ。取引先や社会など広くステークホルダーと共存できなければ、自らの事業を維持して、発展させることもできないとの思いが根底にある。
「株主第一」から見直し迫られる
2015年、国連は「持続可能な開発目標(SDGs)」を掲げた。地球温暖化を止める、生産と消費のバランスを取るといった17のゴールで、未来のかたちを示したものだ。そのなかには健康と福祉の項目もあり、感染症への対処も目標として盛り込まれている。
だれもが豊かで公正な生活を送れる世界を目指すのがSDGsだ。この共有意識を企業の中で育むことが、自らの持続可能性を高める。元ユニリーバ最高経営責任者(CEO)のポール・ポルマン氏は「良識的な資本主義」の必要性を海外メディアに語っている。
広がる格差や社会の分断、地球温暖化の問題に企業自身が真剣に向き合わなければ、自らの事業基盤そのものを崩しかねない。株主利益の最大化を第一としてきた従来の資本主義は「再定義」を迫られている。
19年8月、米経営者団体のビジネス・ラウンドテーブルが大きな軌道修正を宣言したのが象徴といえる。従来の株主第一主義を見直し、顧客や従業員、取引先、地域社会といった利害関係者に広く配慮した経営で、長期に企業価値を高めると宣言した。さらに今年1月の世界経済フォーラム(ダボス会議)の年次総会でも、「ステークホルダー資本主義」が議論の中心になった。
そしていま、世界は新型コロナの問題に直面している。経済活動が急激に冷え込んでしまう危機だ。地球や地域社会とともに生きていく企業にとって、持続可能性がこれほど重く問われるときはない。
米小売大手のウォルマートは新型コロナに対応して、特別賞与や臨時の雇用増に踏み出した。一方で、米ボーイングのように多額の自社株買いや配当を繰り返して株高を突き詰めた企業は、逆に苦しくなっている。
未来図を考え具体的に行動
日本では、様々なステークホルダーを広く意識した経営の考え方が脈々と流れてきた。日本の資本主義の父、渋沢栄一が掲げた「経済道徳合一」がまさにそれだろう。
企業の目的は利益の追求にある。ただしその根底には道徳が必要であって、国もしくは人々の繁栄に対して責任を持たなければならない、という意味だ。
世界が目指すSDGsの考え方は本来、日本企業と親和性が高いといっていい。4月から、伊藤忠商事が企業理念として改めて掲げた、近江商人の「三方よし」の考え方もこれに重なる。
だからといって、日本企業が現状のままでいいということではない。大前提である利益の水準が低迷したままで、日本の資本市場は長期停滞から抜け出せていない。
日本企業に、より必要なのは成長をもたらす機会としてSDGsを生かす姿勢だろう。いまから10年後には、ミレニアル世代が経済や社会の中核になる。そのとき、自分たちが選ばれる企業であるか。未来図を考え、そこから逆算し、いま取るべき戦略を定めて具体的な行動に移すことだ。
気候変動で具体的な成果を要求したグレタ・トゥンベリさん(スイス・ダボス)=ロイター
気候変動で具体的な成果を要求したグレタ・トゥンベリさん(スイス・ダボス)=ロイター
海外では児童労働の問題で不買運動が起き、環境によくない製品やサービスへの視線は厳しくなっている。共感できる事業でなければ優れた人材は集められないだろう。
例えば環境対応では、コニカミノルタが調達先も含めて温暖化ガスの排出削減に取り組むなど、具体的な動きが確実に増えている。ただ日本全体では、低炭素・脱炭素社会へ向けた足取りは鈍いといわざるをえない。
米欧の先端企業はずっと先をいく。米マイクロソフトは30年を目標に、二酸化炭素(CO2)の排出量を削減するだけでなく、除去することで「カーボンネガティブ」にすると発表した。CO2除去の新技術の開発に投資する新たな基金の設立を決めた。
欧州では、環境にやさしい製品やサービスかどうかを色分けする分類体系(タクソノミー)づくりが進む。これにより企業の競争条件が劇的に変わる可能性がある。
こうした動きを後押しするのがマネーの動きだ。投資する際の判断に、ESG(環境・社会・企業統治)を重視する資金は膨らむ一方だ。18年に世界で3400兆円規模となり、2年前と比べ3割増えた。年金や保険会社など長期資金からの要請が背景に強くある。
資産運用会社最大手の米ブラックロックのラリー・フィンクCEO=ロイター
資産運用会社最大手の米ブラックロックのラリー・フィンクCEO=ロイター
米資産運用最大手ブラックロックは1月、ESGを軸にした運用の強化を表明した。気候変動リスクについて投資先企業が情報開示を怠れば、株主として反対票すると強調、石炭関連会社への投資を減らすという。
資本主義の仕組みは、過去何度も試練に直面した。そのたびに必ず乗り越えてきたのは、自らを修正する力を持っていたからだろう。
その担い手がそれぞれの企業だ。持続可能な姿は、未来へ向けて変革を続ける努力の先にあるものだろう。従来にない発想やイノベーションに挑みつつ、地球や社会の要請に良識を持って応えていく企業に価値があり、繁栄が待っている。



腐敗撲滅、CO2削減のカギ

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO58586650Y0A420C2KE8000/

腐敗撲滅、CO2削減のカギ 

米国務次官補(エネルギー資源担当) フランシス・ファノン

2020/4/30付
1035文字
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クリーンエネルギーを求める世界の中間層は、35億人規模から10年後に53億人に増えると予測されている。長期にわたりクリーンエネが、生活の質などを向上させれば素晴らしい。だがクリーンエネに関する技術は大量の鉱物を必要とする
世界の電気自動車(EV)は、現在の500万台から10年後に1億2500万台に増えるとされる。EVは一般車よりも4倍以上の鉱物を使う世界銀行はバッテリーの技術開発で、ある鉱物の需要が2050年に10倍に増えると試算する。
クリーンエネの供給網は希少鉱物に依存する。供給網の寸断や独占的な供給元への依存が経済や安全保障を脅かす。世界各国は供給網にアクセスでき、持続可能なルールに沿うとの確証を得るため行動すべきだ。
メディアが鉱物の採掘過程などでの奴隷のような労働環境や取り返しのつかない環境破壊、広範な腐敗などの負の側面を報じている。こうした側面を許す国は責任ある企業からの投資を失い、略奪的な者との取引を強いられる。賄賂や拙速な融資は腐敗や高金利となり将来世代にツケを回し、資源国は長期的利益を得にくい。
資源国は世界有数の事業者とのビジネスを好むが、持続可能な鉱業育成に必要な手段をしばしば欠く。溝を埋めるため米国はカナダやオーストラリア、ペルー、ボツワナと「多国間エネルギー資源統治イニシアチブ(ERGI)」に取り組む。鉱物産業の最良事例を各国に認識してもらう動きだ。
ERGIは、実務的かつ迅速に実施できる手段を提供するオンラインのツールキットを立ち上げた。一般的な基準に従い、採鉱契約のパターンを示したり鉱物成分の分類を詳細に記したりする。
米国は供給元のガバナンス強化を進めなければ、供給が需要に追いつかないという真の課題がおきるとの問題意識を高めるよう促す。日本がERGIを支援すれば、どの国も鉱物に関する基準から逸脱させず二酸化炭素(CO2)排出量を減らす目標を実現できる。日本は国益や価値観を共有する米国のパートナーだ。我々は鉱物の生産方法や供給元についてもっと思いをめぐらせる必要がある。


2020年4月27日月曜日

50 ℃で水素と窒素からアンモニアを合成する新触媒

https://www.titech.ac.jp/news/2020/046682.html

50 ℃で水素と窒素からアンモニアを合成する新触媒

「CO2排出ゼロ」のアンモニア生産へブレークスルー
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公開日:2020.04.27

要点

  • 50 ℃未満で水素と窒素からアンモニアを合成できる触媒の開発に初めて成功
  • 今回、開発した触媒は既存の触媒を凌駕する性能で、CO2排出ゼロを実現
  • 開発した触媒によって自然エネルギーからのアンモニア生産へ道が開かれた

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院の原亨和教授、元素戦略研究センター長の細野秀雄栄誉教授らは、50 ℃未満の温度で水素と窒素からアンモニアを合成する新触媒の開発に成功した。この触媒は豊富なカルシウムに水素とフッ素が結合した物質「水素化フッ素化カルシウム(CaFH)[用語1]」とルテニウム(Ru)ナノ粒子の複合材料「Ru/CaFH」で、室温で水素と窒素からアンモニアを合成できる。
原教授らはCaFHが低い温度で電子を与える力が強いことに着目し、その学理を低温でアンモニアを合成する触媒の開発に繋げた。アンモニア生産の大幅な効率化だけでなく、自然エネルギーを使った温室効果ガスのCO2排出ゼロにつながることが期待される。
アンモニアは肥料として世界人口の70 %の命を支える人類に必須の化学物質で、水素と空気中の窒素から触媒を介して生産する。しかし原料の水素はメタンなどの化石資源から作られるため、CO2排出は総排出量の3 %を越えている。
水から水素を作ればCO2排出問題は解決するかのようにみえるが、従来の触媒で水素と窒素からアンモニアを合成するには400 ℃近くの高温が不可欠。従来のアンモニア生産を自然エネルギー発電と繋げても発電量の大半はアンモニア生産に費やされ、十分な水素を作れない。水素と窒素からのアンモニア合成の温度を大幅に下げる触媒の開発はCO2排出ゼロのアンモニア生産への道を開く成果である。
本研究成果はネイチャーコミュニケーションズ(nature communications)オンライン速報版に4月24日に掲載された。

背景

アンモニア(NH3)は触媒を介して水素(H2)と空気中の窒素(N2)から生産される化学物質であり、肥料として人口の70 %の生命を支えている。人類が最も多く生産する化学物質で、年間1億7千万トンに達する。このように、人類にとって重要なアンモニアだが、地球温暖化とともにその生産が大きな問題となっている。
それは、どこから水素を得るかということである。現在、アンモニアの原料となる水素は天然ガス、石炭、石油といった化石資源を燃やして生産している。その結果、膨大な量のCO2が排出され、総排出量の3 %を越えている。人口が増え続ける限り、化石資源が枯渇するまで、アンモニア生産に伴うCO2排出は増え続けることになる(図1)。
図1. 人類社会を支えるアンモニア生産と問題
図1. 人類社会を支えるアンモニア生産と問題
CO2の排出なしに、アンモニアを生産する方法として、自然エネルギー発電の利用が考えられてきた(図2)。風力や太陽光発電によって水を電気分解すれば、CO2排出なしにクリーンな水素を得られる。この水素を原料にすればCO2排出なしに、そして化石資源の枯渇に怯えることなく、人類はアンモニアを手に入れることができる。
しかし、この手法には大きな問題がある。それは水素と窒素からアンモニアを合成する既存触媒は400 ℃程度の高温を必要とすることだ。電力で高温を生み出すには、かなりのエネルギーが必要になる。これは、自然エネルギーの発電量の大半を水素と窒素からのアンモニア生産に消費され、水の電気分解による水素生産に回せる電力が足りなくなるという本末転倒の結果になりかねない。自然エネルギー利用のアンモニア生産のシナリオを可能にするには、水素と窒素からアンモニアを合成する触媒の作動温度を大幅に低下させることが求められている。
図2. 自然エネルギーによるアンモニア生産
図2. 自然エネルギーによるアンモニア生産

研究成果

新しいアプローチ

図3. アンモニア合成速度―反応温度曲線
図3. アンモニア合成速度―反応温度曲線
このような背景の中、アンモニア合成触媒が大幅に低温で作動する新たなアプローチを原教授らが着想した。図3にアンモニア合成触媒の温度とアンモニア合成速度の関係を示す。砂糖を水に入れるより、お湯に入れた方が早く溶けるように、アンモニア合成速度も温度と共に速くなってくる。これまで、高い温度で高い性能を発揮する触媒は、低い温度でも、相応の高い性能を発揮すると考えられていた。しかし、原教授らの研究によって、これまで開発されてきたいずれの触媒も、100~200 ℃の間で作動しなくなることが明らかになった。
すなわち、従来のアプローチは、作動の起点を100~200 ℃とする傾きの異なる触媒を開発する取り組みで、傾きの大きな触媒が高性能な触媒とされてきた(図3赤線部分)。しかし、これでは高温での合成速度は速くなるが、低温での合成速度は速くはならず、大幅な低温化は実現できない。
本研究では、触媒の作動温度を50 ℃未満にスライドさせ、温度-アンモニア合成速度曲線自体を低温側に引き下げるアプローチを試みた(図3青線)。こうすれば、低温領域のアンモニア合成が著しく高くなるはずだが、これまで成功した事例はなかった。

古典的学理に学ぶ新たな電子供与材CaFH

上述のアプローチはこれまで試されたことがないため、何がこのアプローチに繋がるかは手探りの状態だった。原教授らは、まず低温で強く電子を与えることができる材料(電子供与材)の開発に着手した。アンモニア合成の最大の難関は窒素分子N2の窒素原子にまで分解する過程である。窒素分子は強固な結合によって結ばれた2つの窒素原子から成る安定な分子。この分子を原子にまで分解するには鉄などの遷移金属から窒素分子へ電子を一時的に与える必要がある(図4)。
図4. 金属への電子供与による窒素分子の分解加速
図4. 金属への電子供与による窒素分子の分解加速
しかし、遷移金属だけの電子供与は不十分であり、この電子供与をブーストするため、アンモニア合成触媒には金属に電子を与える物質、すなわち、電子供与材料が組み込まれている。100年以上も前から現在までアンモニアの大量生産に使われている鉄触媒では酸化カリウム(K2O)がこの電子供与材料に当たる。これまで様々な電子供与材がアンモニア合成触媒に組み込まれてきたが、既存の触媒では100~200 ℃で電子を与える力が弱まり、この温度領域で作動しなくなると原教授らは予想した。
そこで、ありふれた脱水材「水素化カルシウムCaH2」に着目した(図5)。CaH2はCa2+の陽イオンと水素の陰イオンH–(ヒドリドイオン)が結合したイオン性固体であり、200 ℃より高い温度にすると一部のH–が水素分子として抜け、電子をCa2+イオンの周りに残す(2H–→H2↑+ 2e–)。この状態の電子はアルカリ金属並みの電子供与能(大きなイオン化傾向)をもつため、この電子で遷移金属の電子供与をブーストすればN2分子は窒素原子まで分解できる。しかし、Ca2+—H–のイオン結合エネルギーが強いため、低温で使うことができない。
そこで、原教授らは大学の1年次で基礎として学ぶ古典的な学理を利用することにした。それはCa2+とより強い結合をつくる陰イオンを入れ、Ca2+—H–の結合エネルギーを弱めてしまうということである。Ca2+—F–の結合エネルギーはCa2+—H–のそれの2倍の強度をもつため、CaH2のヒドリドイオンの一部をF–で置き換え、水素化フッ素化カルシウムCaFHをつくれば、そのヒドリドイオンは低温で水素分子として脱離し、低温で強い電子供与能を発揮するはずである(図5)。実際に合成したCaFHでは室温程度からヒドリドイオンが水素分子として抜けることが確認された。
図5. CaH2、CaFHでの結合強度、水素引き抜き温度、電子供与
図5. CaH2、CaFHでの結合強度、水素引き抜き温度、電子供与

ルテニウムナノ粒子-CaFH複合材触媒(Ru/CaFH)のアンモニア合成能

図6. Ru/CaFHの電子顕微鏡写真
図6. Ru/CaFHの電子顕微鏡写真
図6はルテニウム(Ru)ナノ粒子-CaFH複合材触媒(Ru/CaFH)の電子顕微鏡写真である。この触媒はCaFHの下地(灰色)に直径数ナノメートルのRuナノ粒子(白色)が接合した固体材料である。この触媒は100 ℃以下でもアンモニアを合成し、50 ℃でさえ作動していることがわかった(表1)。これは50 ℃未満の温度でもアンモニアを合成できることを示唆している。実際、室温でもこの触媒は窒素分子からアンモニアを合成していることが分光法によって確認された。一方、現在のアンモニア生産に使われている商用の鉄触媒、そして、つい最近発表された最高性能の触媒、第2位の触媒は100 ℃以下の温度では全く作動しない。100 ℃以下の温度でRu/CaFHと比較するのは他の触媒にとって不公平なので、表2に200 ℃での結果を示す。200 ℃でのRu/CaFHは最高性能触媒の2倍を越えており、高い温度でも既存触媒を凌駕している。
なお、Ru/CaFHの活性化エネルギー[用語2]は20 kJ mol-1であり(表1)、これまで報告され現在のアンモニア生産にてできたアンモニア合成触媒の1/2程度にしか過ぎない。また、Ru/CaFHは安定な触媒であり、300 ℃を越える反応温度でも900時間以上アンモニア合成速度の低下なく、作動し続ける。
表1 Ru/CaFHの触媒性能(100 ℃以下)
表1 Ru/CaFHの触媒性能(100 ℃以下)
表2 Ru/CaFHの触媒性能(200 ℃)
表2 Ru/CaFHの触媒性能(200 ℃)

Ru/CaFHのメカニズム

図7. Ru/CaFHの予想メカニズム
図7. Ru/CaFHの予想メカニズム
図7は様々な解析によって明らかにされたRu/CaFHのメカニズムである。まず、室温程度でCaFHから水素原子が抜け、電子を残していく。この状態でCaFHは金属カリウムと同等の強い電子供与力をもち、Ruへ強く電子を与える(図7下)。この状態のRuに窒素分子N2が接触すると、N2は直ちにN原子まで分解する。Ru表面には水素分子H2の分解によってH原子が生成しているので、窒素原子と水素原子は直ちに反応して、アンモニアNH3が生成する。この過程は室温でも進行することが明らかになった。

今後の展開

今回開発したRu/CaFHに2つの意味がある。
第一に、触媒の最低作動温度を引き下げるという新しいアプローチと、それを可能にする新たな触媒材料の開発によって300 ℃以下の低温領域のアンモニア合成触媒性能を著しく上げたこと。
第二に、100 ℃以下でも作動する触媒を生み出したこと。これまでの触媒は100 ℃以下では作動しない。従って、いかなる改良を施しても、100 ℃以下でアンモニアを合成することはできない。「0に何をかけても0にしかならない」からだ。一方、Ru/CaFHは室温程度でもアンモニアを合成できる。これまでの触媒がこれまでのアプローチによってその性能を向上してきたように、Ru/CaFH、あるいはその概念に基づく触媒の性能はまだまだ押し上がる余地が十分に残っている。
今後の展開
原教授のコメント
今回の研究に対する私たちの感想は、「社会が求めるアンモニア生産のきっかけを見つけた」に過ぎません。しかし、化石資源を使わずに肥料を生産し、人々に食糧を届けることが単なる夢想ではなくなり、現実味を帯びてきました。従来の触媒開発がしてきた性能向上をたどることによって、私達のアプローチ・触媒は真に地球・社会・人が求めるアンモニア生産に繋がると考えています。
論文情報
掲載誌 :
nature communications
論文タイトル :
Solid solution for catalytic ammonia synthesis from nitrogen and hydrogen gases at 50 ℃
著者 :
Masashi Hattori, Shinya Iijima, Takuya Nakao, Hideo Hosono, Michikazu Hara
DOI :
用語説明
[用語1] 水素化フッ素化カルシウム(CaFH) : 融雪剤である塩化カルシウムCaCl2はCa2+陽イオンに2つのCl–陰イオンが結合した固体のイオン化合物。CaFHは物質として既に知られていたが、材料として使われたことはない。なお、CaFHはフッ化カルシウムCaF2と水素化カルシウムCaH2の混合物を500 ℃以上で十数時間以上加熱することによって得られる。しかし、このようなCaFHを触媒に使っても、そのアンモニア合成速度は低い。高温で長時間の加熱がCaFHの焼結を進め、表面積が小さくなってしまうためだ(1 gのCaFHの面積は1 平方メートル未満)。そこで本研究では大きな表面積をもつCaFHを低い温度(200 ℃)・短い時間(3時間)で合成する全く新しい方法を開発した。この方法で合成した1 gのCaFHの面積は30平方メートルに達する。
活性化エネルギー
[用語2] 活性化エネルギー : 反応を進めるために必要なエネルギー。水素と窒素からアンモニアが生成する反応は発熱反応であり、丘の頂上から平地に下る反応である。しかし、丘の頂上は目に見えない塀で囲まれており、この塀を乗り越えないと丘を下ることはできない。この塀の高さが活性化エネルギーである。当然、塀の高さ、即ち活性化エネルギーが低い触媒ほど、反応が進みやすい。
謝辞
本成果は、以下の事業・研究開発課題によって得られました。
日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(S)
研究開発課題名:
「電子供与の増幅による低温作動アンモニア合成触媒の開発」
研究代表者:
東京工業大学科学技術創成研究院 原亨和
研究開発実施場所:
東京工業大学
研究開発期間:
2018年6月~2023年3月

国内の温室効果ガス、5年連続で減少 再生可能エネルギーの利用が進む

https://www.zaikei.co.jp/sp/article/20200427/564032.html

国内の温室効果ガス、5年連続で減少 再生可能エネルギーの利用が進む

2020年4月27日 09:00
積水ハウスは全国の住宅展示場等施設を再生可能エネルギー100%化へ
4月14日に環境省が発表した2018年度の温室効果ガスの総排出量によると、温室効果ガスの総排出量の確報値は二酸化炭素(CO2)換算で12億4千万トン。前年度と比べて3.9%減少しており、14年度以降5年連続で減少しており、1990年度以降で最も少なくなった。減少の理由としては、太陽光などの再生可能エネルギーの利用が進んだことや、家庭や職場での省エネ意識が浸透してきたことを挙げている。
 経済産業省資源エネルギー庁が発行している「家庭の省エネ徹底ガイド」によると、家庭の照明で54Wの白熱電球を9Wの電球形LEDランプに交換した場合、それだけで電力量90kWhの省エネ効果があり、年間約2,430円もの節約になるという。CO2削減量では52.8㎏だ。また、エアコンの温度を夏は28度、冬は20度程度に設定するなど、家庭での省エネ行動も普通に行われるようになってきたことも大きい。

企業側も、東日本大震災以降はとくにCO2削減への取り組みに積極的だ。例えば、事業で使用する電力を100%再生可能エネルギーでまかなうことを推進する国際ビジネスイニシアティブ「RE100」に、2017年4月に日本企業として最初にRE100に参加したリコーグループも、2019年度には中国、タイ、日本にあるA3複合機の組み立て生産を行う全社屋で使用電力再エネ電力に切り替え、販売拠点においても、欧州の販売会社10社が使用する電力を100%再エネ電力に切り替えている。日本国内の取り組みでも、岐阜支社が徹底した省エネと太陽光発電や蓄電装置の導入によって「Nearly ZEB」の認証を取得している他、各地の支社、営業拠点についても順次ZEB化を目指していく計画を発表している。
 2017年10月に建設業界で初めて加盟した積水ハウスは、2040年までにグループ全体の事業用電力を100%再生可能エネルギーに転換する目標を掲げている。同社は、固定価格買取制度(FIT制度)を終了したオーナーを対象に自宅の太陽光発電設備などで発電された余剰電力を買取り、同社の事業用電力として使用する「積水ハウスオーナーでんき」を2019年11 月から開始した。2020年3月末時点で同制度の加入者は6,500件を超え、同年2月における再生可能エネルギー買取量は全体で 673MWh/月に達している。同社はこれを受け、全国の住宅展示場375カ所及び体験型施設「住まいの夢工場」5カ所の計380カ所において、再生可能エネルギー由来の電力導入を大手ハウスメーカーで初めて開始した。
 事務用品を中心とした通信販売事業を展開する2017年11月加盟のアスクル株式会社も、2030 年までにグループ全体での再生エネルギー利用率を100%にするという目標を掲げ、消費電力における再エネ率向上に向けた取り組みを行なっているが、
 RE100だけでなく、企業による電気自動車の使用や環境整備促進を目指す国際イニシアチブ「EV100」にも参加しており、複合的な取り組みで脱炭素社会の実現に貢献している。
 こうした企業の取り組みが日本のエネルギー事情を下支えしているのだ。
 事業運営を100%再生可能エネルギーでまかなうなんていう話は、一昔前までなら夢物語でしかなかった。全国のほとんどの原子力発電所が停止している今でも、大半の事業用電力は天然ガスや石炭などの化石燃料に頼っているのが現状だ。再生可能エネルギーを推進し、CO2削減目標を達成するためには、省エネや創エネだけでなく、各企業の取り組みのように、個人レベルでもまだまだ工夫次第でできることがあるのかも知れない。(編集担当:今井慎太郎)



2020年4月25日土曜日

再生エネ拡大にブレーキ

■出典: https://www.nikkei.com/article/DGKKZO58496020U0A420C2TJ2000/

再生エネ拡大にブレーキ
新設の発電能力昨年17年ぶり減 アジアなど支援策縮小

2020/4/25付
1431文字
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新型コロナの影響で洋上風力の開発も遅れる見通し=ロイター
新型コロナの影響で洋上風力の開発も遅れる見通し=ロイター
世界の再生可能エネルギーの供給拡大にブレーキがかかってきた。2019年に完成した再生エネの発電能力は17年ぶりに減少した。再生エネを普及させる助成費用がかさみ、アジアを中心に支援策が縮小した。新型コロナウイルスの感染拡大で発電用の資材の調達も滞り、20年以降さらに増設が鈍る恐れがある。温暖化ガスの排出抑制に向け、蓄電池の整備や資材供給元の分散化が必要だ。
「発電所を建設したくても慎重にならざるをえない」。ある再生エネ事業者は打ち明ける。国際再生可能エネルギー機関(IRENA)がまとめた再生エネを使った電力の新たな発電能力(導入量)は19年は約1億7600万キロワットと、18年に比べ2%減った。
2000年代初頭に再生エネが普及し始めて以降、初めて前年比でマイナスとなった。落ち込みが目立つのは太陽光で、導入量は9768万キロワットと前年比2.5%の減少だった。
再生エネ由来の発電能力は03年から18年まで一貫して拡大が続いていた。地球温暖化への対策として利用を促すため、割高な発電コストを補う目的で再生エネで作られた電力を固定価格で国などが買い取るといった支援が世界で実施された。
コロナが逆風
その半面、普及に伴い官民の負担額が膨らんだ。日本は再生エネの買い取り費用の国民負担が2兆円超に及ぶ。アジアではこうした支援策の縮小の動きが相次いだ。中国は政府による事業者への補助金が削減された。日本も発電事業者から固定価格で電力を買い取る制度が、市場価格に補助金を上乗せする仕組みに変わる見通しだ。
再生エネ由来の新設電源は、アジア全体では前年に比べ12%のマイナスとなり、中国は前年比15%減と大きく落ち込んだ。日本は4割減だった。
20年も新設は停滞しそうだ。新型コロナの流行が再生エネの開発に逆風となる。発電用部材や装置の供給が滞るためだ。
風力発電機の世界最大手ヴェスタス(デンマーク)は、主要な製造基盤スペインで風車の羽根部分を作る工場など2拠点の生産を一時停止した。スペインのシーメンスガメサ・リニューアブル・エナジーも、同国に10カ所ある工場のうち6カ所で生産を止めた。
太陽光は世界のパネルシェアの7割を持つ中国企業の工場の稼働率が、2月に6割ほどに落ちた。現在は稼働率が戻っているが、世界的な輸送網の混乱の影響を懸念する声も多い。
開発1年遅れも
部品の供給が滞れば、新たな開発プロジェクトに影響を与える。洋上風力は冬に波が荒れると工事が難しいこともあり「最大で1年遅れるプロジェクトが出てくる」(風力関係者)。
投資マネーは環境負荷が重い石炭火力発電を避ける傾向が強い。「ESG(環境・社会・企業統治)重視の観点から今後も再生エネへの投資は活発に行われる」(BNPパリバ証券の中空麻奈氏)。ただ優遇策の縮小で、投資回収へのリスクから再生エネの新規開発が従来と比べ伸び悩む可能性もある。
再生エネ由来の電力供給の普及ペースが鈍ると、化石燃料からの切り替えも遅れそうだ。国際的な枠組み「パリ協定」に基づくCO2など温暖化ガスの削減目標の達成が困難になる。
再生エネ市場の拡大には、電力インフラの見直しが必要になる。世界的に送電線の空き容量が不足している。
発電した電気を貯蔵する蓄電池の利用拡大も必要だ。家庭や企業に広がれば、再生エネで発電する電力の「受け皿」が増える。大手電力による需給バランスの調整が容易になり、大規模停電につながる送電網への負荷の抑制が期待できる。


Google流、再生可能エネルギー活用法

https://jp.techcrunch.com/2020/04/25/2020-04-22-google-data-centers-watch-the-weather-to-make-the-most-of-renewable-energy/


Google流、再生可能エネルギー活用法


Facebook Datingの新機能でバーチャルデートが可能に


Google(グーグル)のデータセンターは24時間年中無休で稼働しており、大量のエネルギー
を消費している。それを考えると、そのデータセンターを可能な限り効率的に稼働させるこ
とは、同社と地球の両方の利益につながるといえる。そのための新たな方法として、同社は
常に天候を監視し、それに応じて太陽エネルギーや風力エネルギーといった再生可能エネル
ギーを利用するのに最適な時期を予測する。
再生可能エネルギーの問題は、発電所で作られる電力量に確実性がないという点だ。もちろ
ん、風がなくなった途端、風力エネルギーは10倍ほど高価なものとなるか利用不可になる。
そうでなくても、グリッド上にいつどこで作られた電力が運ばれるのかによって電力の価格
は常に変化する。
データセンターをより環境に優しく効率的にするためのグーグルの最新の取り組みは、そう
いったエネルギー経済を予測し、それに基づいて膨大な量のデータ処理タスクのスケジュール
を組むというものだ。
とは言え、グーグルの従業員が実際に翌日の天気を調べて、太陽エネルギーが特定の地域で
いつどれだけ電力を供給するかを計算するわけではない。幸いにもそれをやってくれる企業
が他にいる。デンマークのグリーンテック企業、Tomorrowだ。
「適切な時間と場所で電力を使用することにより、コストと二酸化炭素排出量の両方を削減
できると多くの組織は気付き始めています」とTomorrowのCEOはプレスリリース中で述べて
いる。
気象パターンはこういったエネルギー経済に大きな影響を及ぼす。だから、このシステムで
は気象状況によって主に石炭などの炭素源から電力が供給される場合もあるし、また再生可
能エネルギーが最大限に利用されるときもある。

上記の便利なビジュアルチャートでこのシステムの仕組みが分かるだろう。グリーンエネ
ルギーが最も豊富な時間に合わせ、データセンターの計算タスクのピーク時間をシフト
ている。
グーグルは、グリッドに炭素エネルギーが多く運ばれている時間帯と再生可能エネルギーが
多い時間帯を把握し、多大な計算タスクを再生可能エネルギーが得られやすい時間帯に割り
振ることで、炭素エネルギーへの依存を減らすことが可能になる
グリッドにある電力が高価で、炭素エネルギーを多く含むとき、ほんの少しのEメールの送
信やYouTube動画の視聴だけでもデータセンターのキャパシティを圧迫するのには十分になる。しかし逆に電力が安価でかつクリーンなときには、機械学習や動画のトランスコードなど重い計算
タスクが大量に処理されていくのだ。
情報に基づいて計算タスクを処理する時間帯をシフトするというアイデアは、スマートで、
直感的にうまくいくだろうと感じる。しかし、今回のグーグルの発表にはそれが実際にどれ
ほど効果的であるかのデータは提供されていない。通常、企業がこのような取り組みを発表
する際には、今後節約されるエネルギー量や効率向上の見積もりの発表が伴うものだ。しか
し今回のタイムシフト実験に関して同社はいつになく保守的である。
「試験運用によって得られた結果は、計算量をシフトすることで消費されるグリーンエネル
ギーの量を増やすことができることを示唆しています」とグーグルはいう。
ホームランを打ったのように扱ってもおかしくないニュースにしては謙虚すぎる姿勢である。
完全な研究論文はまもなく発表されるが、筆者はグーグルにもっと多くの情報を提示するよ
う求めてみた。その直後に、同プロジェクトのテクニカルリーダーであるAna Radovanovic
(アナ・ラドバノビッチ)氏から次のような返信を受けとった。

新システムの初期段階の結果は有望ですが、ご指摘のとおり現時点では特定の指標を公表
ていません。弊社チームは、この方法論の詳細や導入結果のデータなどをまとめた科学論文
を年内に発行する予定です。単一のデータセンター施設やフリート全体が再生可能エネルギー
の使用をどれだけ増加させることができるかには、複数の変数が関わってきます。そのため、
特定の数値を公表する前にさらなる分析を行っているところです。