https://www.webcg.net/articles/-/43860
誤解を招いたメディアの過熱報道
2020年12月初頭、大手メディアがこぞって「2030年代に日本でもガソリン車販売禁止」という衝撃的な見出しでニュースを報じた。ただ、それは多くの専門家の先生方も論じているように、いわゆる"クルマの電動化"をかなり曲解した先走った内容であった。しかし、一般的には相当なインパクトがあったらしく、その後も「日本からエンジンが消える!」みたいな極端な報道がおさまらず、ついには日本自動車工業会(自工会)の豊田章男会長も、12月17日のオンライン記者会見で苦言を呈さざるをえなくなった。
同会見で豊田会長が語ったのは「電動化=電気自動車(EV)化ではない」という根本的な認識にはじまり、「日本の電動化比率35%はノルウェーの68%に次ぐ世界2位」「日本の自動車業界は2001年度から2018年度にかけてCO2を22%も削減している」「自工会もカーボンニュートラルには賛成だが、簡単ではなく、技術的なブレークスルーがいくつも必要。また、単純にそれだけを追求すれば、製造過程の電力消費も含めて、火力発電中心の日本ではクルマの生産そのものが困難になる」といった趣旨である。ちなみに、このときの豊田氏はあくまで自工会会長の立場であり、トヨタ自動車社長としての発言なら、少しちがうものになっていたかもしれない。
いずれにしても、豊田会長の発言内容は、ある程度クルマに詳しいエンスージアストの皆さんにとって目新しいものはほとんどなかった……のだが、ひとつだけ、注目すべき発言があった。それは“クルマがEV化されたときに必要とされる電力”についての試算だ。
10~15%の電気をいかにしてまかなうか
豊田会長が語ったところによれば「現在日本にある乗用車が全部EVであった場合、夏の電力消費ピーク時には10~15%電力が不足する。それを解消するには、原子力発電でプラス10基、火力発電であればプラス20基が必要」だという。これまでマニアの間では「このままEVが普及して電力は足りるのか?」といった議論が起こりがちだったが、こうして信頼のおける筋から具体的数値が示されることはほとんどなかった。そうした意味でも、今回の豊田会長の発言は貴重である。
で、豊田会長はその試算結果を「電力不足」の根拠とした。なるほど、今の日本で原発を10基も新設することなど絵空事にしか思えない。しかし、あえて視点を転換して「ピーク時でも不足する電力は10~15%」と考えると、それは必ずしも悲観的なものでもない気もする。というのも、豊田会長の発言はあくまで「電気は貯蔵できない」という従来どおりの電力供給網を前提としているからだ。
東京電力パワーグリッド株式会社が公表している『最大電力実績カレンダー』によると、2020年に東京電力管内で電力需要のピークを迎えたのは8月21日の14~15時で、その最大発電実績は5604万kWだった。ちなみにこの日の最大供給能力は6198万kWだったので、ピーク時にも10%程度の余力があった。
また、同じ日の1時間ごとの電力使用状況を見ると、使用電力が底を打った4~5時のそれは、ピーク時のほぼ半分の2870万kWにすぎない。電力使用量というのは、1日の間で50%も上下するということだ。豊田会長の言うとおり、ピーク時の不足分が10~15%程度なのだとすれば、「電力消費を1日単位でも平均化する(電力消費が少ない時間帯に余分に発電しておき、ピーク時の電力不足をまかなう)ことができれば、現状でも電力供給能力は不足しない」と単純計算することもできる。
だが、電力というエネルギーにとって、このような形で発電量を一定レベルに“ならす”のは、最大の難事である。これを解決するには電力を貯蔵するしかないが、現在の日本の電力供給網には貯蔵機能はもたされていない。だからこそ、自然まかせで安定しない持続可能なエネルギー(太陽光や風力)は、需要に応じて臨機応変に電力を供給しなければならない電力会社にとっては、邪魔な“ノイズ”と敬遠されてきたわけだ。
自動車を充電インフラとして活用する
ピーク時の電力不足を解消して、不安定な自然エネルギーを最大限に活用するには、送電網に自由に電力を出し入れできる貯蔵=蓄電機能をもたせるしかない。というわけで考え出されたのが、送電網を高度に情報化したスマートグリッドの発展応用型としての“ビークル・グリッド・インテグレーション=VGI”だ。
VGIとは、直訳すると「車両(ビークル)と送電網(グリッド)の統合(インテグレーション)」である。たとえば本当に大量のEVが普及したとしても、すべてのEVが一斉に稼働することは現実にはありえない。日産によると、「リーフ」の1日当たりの“停車率”は現状で平均95%以上だそうだ。停車中のEVの大半はガレージや駐車場などで充電施設=送電網につながれた待機状態であるから、停車中の大量のEV(に内蔵されている電池)を統合して巨大蓄電池として使えば、ピーク時の電力不足も解消するし、不安定な再生可能エネルギーも無駄なく使える……というのがVGIの考えかたである。
VGIでは個人所有のEVも電力供給インフラ網の一部として、いわば知らない間に充放電される。しかし、大量のEVがVGIでつながり、ビッグデータによって地域や時刻ごとの充電負荷分布が緻密に分析されて、EV各車の電池を薄く広く活用できるようになれば、実際のユーザーの利便性やEVの耐久性にほとんど影響を与えないことも可能になるという。そうなれば、残るはVGIにいかに分かりやすいメリットを与えて、EVユーザーがほぼ例外なく参加したくなるサービスとしてどう成立させるかだ。それは使用料や電力売却などの直接的な金銭メリットなのか、今風のポイント付与なのか、もしくは充電料金の割引なのか……。
他のクルマにはないEVのアドバンテージ
VGIはEV時代にあるべき……いや、なくてはならないエネルギー供給システムとして、現在は日本を含む世界15カ国以上で、50前後の実証事業がおこなわれている。ただ、今のところ実用ビジネスとして成立させられた例は見当たらない。結局は、実際にEVが普及しなければ本物のVGIは構築できないし、本物のVGIを実際に使ってみなければ最終的な価値は判断できないということか。ここでもやっぱり“ニワトリとタマゴ”である。
エンスージアストの間でEVの議論となると、推進派と懐疑派が互いに譲らず、平行線をたどるだけになるケースが多い。そのなかで電力供給問題については、今回のVGIなどを踏まえれば「現状で、いきなりすべてのクルマがEVになれば供給不足は当然だが、行政やインフラ会社が本気になれば、技術的に不可能ではない」というのが実態に近い結論と思われる。
また、EV懐疑派の間では「日本の電力供給が今のように火力発電中心であるかぎり、EVが普及してもトータルのCO2排出は低減できない」という論調も根強い。その指摘も確かにそのとおりだが、それでもEVを普及させる意義はある。というのも、エンジン車は基本的に専用の燃料でしか走れないが、EVの動力源たる電力は、生成の方法を問わないからだ。極論すれば、「総合的に化石燃料を主力エネルギーにするのが好都合だ」というのなら、EVも火力発電で走らせればいいだけだ。石油でも石炭でも、太陽光でも地熱でも、あるいは原子力でも、その時点でベストな一次エネルギーで走ることができる。それもEVの大きなメリットだ。
もっとも、現在50歳代前半の筆者自身はいまだにエンジンで走るクルマが大好きだし、個人的にはEVはおろか、ハイブリッド車すら所有したことがない。できれば私が死ぬまでガソリン車やディーゼル車に生き残ってほしいと切に願っているが、刻々と変化するエネルギー情勢に臨機応変に対応できるのがEVしかないのもまた事実である。悩ましいものですなあ……。
(文=佐野弘宗/写真=トヨタ自動車、日産自動車/編集=堀田剛資)
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