出典: https://www.nikkei.com/article/DGKKZO63911000W0A910C2KE8000/
脱炭素とエネルギー政策
(1) 発想の転換が必要な時代 京都産業大学教授 藤井秀昭
- 2020/9/17付
- 823文字
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東日本大震災まで、日本のエネルギー政策の基本的な考え方は、エネルギー地政学上の変化や気候変動対策に対応しながら経済成長を実現することでした。その目的を達成するため、安定供給や経済効率、環境適合を追求してきました。
大震災の原発事故は、こうした考え方に変化をもたらしました。そして新型コロナウイルスのパンデミックは、地球規模で社会経済活動の停滞を招き、エネルギーの需給や価格に多大な影響を及ぼしています。
変化に対応するには、人文知に学び、批判精神を持って通念にとらわれないことが重要です。新型コロナを機に、文明評論家のジェレミー・リフキン氏が説くような第3次産業革命が急速に進めば、政策の発想転換は不可欠となります。
経済学では、通念や通説への批判が新たな理論を生み出してきました。
アダム・スミスは「国富論」で、「個人は公共善に尽くすべきだ」とする当時の通念に逆らい、個々人の私利私欲の勤勉さに任せれば、「見えざる手」に導かれて社会的厚生が向上する、と説きました。世界大恐慌の惨状をみたJ・M・ケインズは、「有効需要の不足」という観点から古典派経済学(セイの法則)の世界観を批判しました。
2020年、新たな地球温暖化対策の枠組みである「パリ協定」の運用が始まりました。同協定は産業革命前と比べた世界の気温上昇を、1.5度に抑えることを目指しています。その実現には、50年までに先進国の二酸化炭素(CO2)排出をゼロにする必要があるとされます。足元では新型コロナの影響で経済活動が停滞し、CO2排出量は減少していますが、目標達成にはこの状態を毎年続けなければいけません。
いまも世界はエネルギー供給の8割超を化石燃料に依存しています。本気でエネルギー転換の舵(かじ)を切るには政策転換が不可欠です。この連載で、日本の脱炭素とエネルギー政策の転換を考えるヒントを提示できればと思います。
ふじい・ひであき 京都大学博士(エネルギー科学)。専門はエネルギー経済学。
(2) 変容するエネルギー安保
京都産業大学教授 藤井秀昭
- 2020/9/18 2:00
- 848文字
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過去30年、世界ではエネルギー安全保障に関わる大きな出来事が相次ぎました。米ソ冷戦の終結、グローバリゼーションの進展、東日本大震災・原発事故、そして新型コロナウイルス危機などです。経済学者J・K・ガルブレイスが「通念の敵は観念ではなくて事実の進行である」と言ったように、エネルギー安全保障の通念や概念を変える事実の進行といえます。
エネルギー安全保障概念を規定する要素は、保障対象、リスクの種類、保障手段、保障主体の4つです。冷戦時は、石油代替エネルギーの開発や備蓄体制の構築、産油国との友好外交等で、石油の価格高騰・供給途絶リスクから自国を守ることが国家エネルギー安全保障の中心でした。
冷戦終結後は情報通信・輸送の技術進歩や、経済的・社会的規制の緩和で、地球規模でモノ・カネ・人・情報の「連結性」が強まりました。30年足らずで世界の人口は約25億人増え、エネルギー消費量は約6割増えています。発展途上国のエネルギー消費量は先進国を上回り、都市部でのエネルギー消費と温暖化ガス排出が増加しています。
ローマクラブは「成長の限界」(1972年)で、人口や天然資源消費などの幾何級数的増大に警鐘を鳴らしました。エネルギーに関する世界の現状を見ると、成長は終盤に差し掛かったのかもしれません。
重要な点は、エネルギー安全保障概念に関わるリスクの種類が過去30年で大きく広がったことです。越境汚染や気候変動などの環境問題、エネルギー転換技術の信頼性、資源ナショナリズム、核拡散やテロといったことだけでなく、水・食糧不足、感染症などのリスクから市民を守る人間安全保障とも連結するようになりました。エネルギーはすべての社会経済活動と関係性があるからです。
多元的概念に変容したエネルギー安全保障に対応する戦略枠組みが必要です。その選択肢としては(1)地域協力・多国間協力枠組みを積極的にエネルギー戦略に組み入れる(2)自国完結型のエネルギー戦略を指向する(3)双方を調和的に組み合わせる――ということがあげられます。
(3) グリーンディールの重要性
京都産業大学教授 藤井秀昭
- 2020/9/21 2:00
- 835文字
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温暖化ガスの削減に向けた、長期と短期の政策について考えます。長期で重要なのは効率的な排出水準を実現し、社会的な総費用を最小化することです。
環境経済学では汚染物質の「限界被害」と「限界削減費用」で効率的排出水準を検討します。限界被害は汚染物質排出量が1単位変化したときの被害の変化を表します。また限界削減費用は1単位削減するために必要な費用です。
縦軸に限界被害と限界削減費用、横軸に排出量をとったグラフを描きます。多くの場合、限界被害曲線は右上がり、限界削減費用曲線は右下がりとなり、両曲線は交わります。この限界被害と限界削減費用が均等になる水準が効率的排出水準で、社会的な総費用の指標(総被害と総削減費用の和)が最小となります。
温暖化ガス対策では、汚染物質を温暖化ガスと読み替えればいいわけです。また新型コロナウイルスと読み替えれば、長期化したときの新型コロナ対策にも当てはまります。
短期で重要なのは「グリーンディール政策」です。基本的には再生可能エネルギー・脱炭素化部門への政府支出を増やし、乗数効果により国民所得の拡大を図るという政策です。
先進的に取り組む欧州連合(EU)は、2019年末に「欧州グリーンディール」を公表しました。コロナ危機の復興策でも、欧州排出量取引制度などを活用して中長期の脱炭素目標を引き上げ、経済復興とレジリエンス強靱(きょうじん)化を目指しています。
コロナ危機の影響で主要国際機関は、今年の世界の経済成長率を前年比約5~8%減、来年は同0~約5%増と予測しています。社会経済活動停止に伴う対策で世界の公的債務残高は増加し、機動的な財政出動は困難になるでしょう。明確なグリーンディール政策に基づく政府戦略はますます重要になります。
日本も、経済復興とエネルギー気候変動対策を同時に設計する必要があります。脱炭素やエネルギーレジリエンスに関する部門へ資源を集中し、生産・雇用を誘発する政策です。グリーンディール政策に基づく財政出動が求められます。
(4) 再エネを主力にする方策
京都産業大学教授 藤井秀昭
- 2020/9/22 2:00
- 853文字
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日本の電力システム改革は1995年の電気事業法改正から始まりました。その後、電力広域的運営推進機関設立(2015年)、電力小売り全面自由化(16年)と進み、20年4月の発送電分離で電力自由化の新たな局面を迎えました。
既存の火力・水力・原子力発電による大規模集中型供給システムは、電力需要が旺盛な高度成長期につくられました。総括原価方式と規制料金による確実な投資回収が支える仕組みです。今後、電力システムは電源多様化と競争市場に移行しますが、その象徴が再生可能エネルギーです。
第5次エネルギー基本計画では、30年度の電源構成に占める再エネ(含む水力)比率を22~24%としています。再エネの主力電源化の便益は、エネルギー自給率向上と二酸化炭素(CO2)排出削減、分散型経済の自立です。
国は再エネ電源を競争電源とする目的で、12年に固定価格買い取り制度(FIT)を再エネ全般に導入しました。再エネ発電設備容量は年率20%超の勢いで増えましたが、電気使用者から一律に徴収する賦課金は、19年度で年間約2.4兆円(買い取り費用は同3.6兆円)に達します。
既に国内トップランナーの事業用太陽光発電コストは、キロワット時あたり10円未満です。市場価格に連動して補助金を上乗せするFIP(Feed in Premium)制度への移行を検討すべきです。事業用太陽光発電設備の維持点検・廃棄に必要となる費用の積立制度や、事業規律を継続的に検証する必要もあります。
再エネの分散型エネルギーシステムの拡張には、送電線運用ルール(優先給電・出力抑制等)の見直しや次世代型ネットワークの連系線増強が不可欠です。このほか、地域密着で地元のニーズを吸い上げ、問題解決を請け負うプロバイダーが参入しやすいような市場環境整備も急がれます。
また日本の電気事業法等では、国外との電力取引の規定は含まれていません。しかし、東アジアとの電力系統接続構想の進展や、水素貯蔵・次世代蓄電池の技術進歩次第では、電力の輸出入の是非を議論する必要もあるでしょう。
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